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09、小さな希望

ラファは視線を落とし、答えをためらうように足元の地面をじっと見つめていた。彼女の表情には戸惑いと、少しの悔しさが滲んでいる。


シオンはそんな彼女の様子を見ながらも、静かに口を開いた。


「ごめん。君の能力には心当たりがある。」


その一言に、ラファの肩がピクリと動く。


「出来れば……君の口から聞きたかったけど。」


シオンは一呼吸置き、真っ直ぐに彼女を見つめて言った。


「君の父親と同じ――疾走だろ?」


ラファはぎゅっと拳を握りしめた。そして、顔を上げると少し硬い表情でシオンを睨むように見た。


シオンの問いかけに、ラファは一瞬だけ立ち止まり、表情を曇らせた。その顔には戸惑いと複雑な感情が入り混じっている。


「……疾走、か。」


小さくつぶやくラファ。視線をシオンに向けることなく、再び歩き出そうとする。その背中に、シオンは言葉を続けた。


「君の父親は、その能力を使って“不死身のスナイパー”と呼ばれていたと聞いている。狙撃して、加速して、敵の射程を逃れる……。戦場で何度も生還を果たした、まさに伝説だ。」


ラファは無言のまま、足を止めない。だが、その拳がぎゅっと握りしめられているのがシオンの目に入った。


「その能力が君に受け継がれているなら、あの父親譲りの疾走を使えば、チェイサーの左腕を引き出すこともできる。」


シオンの言葉にラファは一度立ち止まり、深く息を吐いた。そして、振り返るでもなく、静かに答えた。

ラファは一瞬だけ唇を噛みしめる。


「……私はそんなに上手く扱えない。父さんみたいに、何でもできるわけじゃないんだから。」


その言葉はまるで自分自身に言い聞かせるようだった。背中を向けたままの彼女の肩は、小さく震えているようにも見えた。


シオンはその様子を黙って見つめ、ほんの少し眉をひそめたが、すぐに口を開いた。


「できる範囲でいい。それでも、

君の力はここで必要なんだ。」


その言葉が届いているのかどうか分からない。


束の間、チェイサーの重々しい足音が工場内に響き渡る。ラファはベルトコンベアの影に身を隠し、息を潜めていた。


「坊ちゃん、上手くやられましたよ。」

チェイサーの声は穏やかな調子だが、その中に冷たい威圧感が含まれている。

「叔父さんも流石にここからは手加減できませんぜ。」


少し離れた場所に隠れているシオンは、その言葉をじっと聞いていた。目の端に映るチェイサーの姿は異様だった。彼の体から、薄暗いオーラのようなものが漂い始めている。


「あれが……能力か。」シオンは小声で呟いた。


チェイサーの「能力:追跡」。それは視認した物や人に対して、圧倒的なスピードで接近できる力だ。その速度は人間の反応を超えており、一度視界に入ったら逃れるのは難しいと言われている。


ラファは息を殺して身動きひとつ取らないようにしていたが、心臓の鼓動が耳鳴りのように響くのを感じていた。父の影を思い浮かべるたびに、あの時の自分の無力さが胸を締め付ける。しかし今は迷っている場合ではない。


その時――。


カラン、と乾いた音が響く。作業台の上に置かれていたナットが、ラファの体の動きに合わせて床に落ちてしまったのだ。


「……そこか。」


チェイサーの声が鋭く響く。まるで獲物を捕らえた猛禽のような視線が、一瞬でラファの隠れている場所に向けられる。その気配にラファの背筋が凍りついた。


「ちっ……!」ラファは思わず息を飲み込む。


チェイサーの足音が一歩、また一歩と近づいてくる。そのたびに床が軽く軋む音が、ラファの神経を逆撫でするようだった。


「お嬢ちゃん、そこにいるんだろう?」

チェイサーの声は不気味に優しい。

「大人しく出てきたほうがいいぜ。坊ちゃんも一緒なら、叔父さんだってまだ優しくしてくれるかもしれない。」


ラファの心臓が早鐘のように打つ。シオンの目を一瞬だけ横目で見ると、彼が小さく首を振りながら何か考えているのが見えた。


「……こっちに来るなよ……」ラファは自分に言い聞かせるように、静かに拳を握り締めた。


だがチェイサーの体から漂うオーラはさらに濃くなり、彼の姿がじりじりとラファのいる場所へ迫ってきているのがわかった。


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