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78、片付いたら

病院前の白い外灯が、夜霧を溶かすようにぼんやりと滲み、静かな輪郭を周囲へ落としていた。


その光のもとに、アモンとシーが立っていた。


シーは、戦いから戻った一行を見つけるや否や、ぱっと表情を緩めて駆け寄ってくる。

その声はいつものように柔らかく、張り詰めた空気をそっと撫でるようだった。


「みんな……ほんとうに、おつかれさま。

 早く中へ入って。手当てしてもらわなきゃ」


ラファもロジャーも、疲労と痛みで足取りは重かったが、その一言にわずかに肩の力を抜いた。


アモンは、包帯に覆われたロジャーの右腕に視線を落とす。

声をかけるより先に、その肩へ静かに手を置いた。


「……すぐ新しい義手を作る。

 前より使いやすいものを、必ずな」


その声音は冷静でありながら、どこか温度があった。


ロジャーは息を詰め、ただ小さく頷くしかできなかった。


だがアモンの表情はすぐに硬くなる。

視線の先――隔離用ストレッチャーで運ばれるレックと、

四肢を失ったまま悪態を叫び続けるルビー。


「……チェイサー」


呼ばれたチェイサーが、無言で一歩前に出る。


「二人とも院内の隔離施設へ。急げ。

 ルビーは鎮静。レックは拘束を強化しろ。

 管理は全部、俺がやる」


隔離容器越しに、ルビーが喉いっぱいに怒鳴る。


「もう! ほんとにお腹すいた!!

 ねぇ誰か!! なんか食べさせてよ!!」


口だけは治ったため声だけは元気だが、

四肢を失った彼女は、ただ暴れるしかない。


チェイサーはため息のように重い電子声を落とした。


「……黙ってろ」


ルビーは激しくもがくが、機械仕掛けの拘束は微動だにしない。


アモンはその様子を淡々と確認し、チェイサーへ視線を返した。


「お前は――片付いたら俺の部屋へ来い。話をする」


チェイサーは金属の首を軽く回し、ぎしりと音を立ててから短く返答した。


「了解しました」


そしてアモンは、改めてロジャーたちへ向き直る。


その眼差しは、いつもよりわずかにだけ優しく見えた。


こうして――

戦いの痕を刻んだ一行は、

消毒液と光の満ちる病院の中へ、静かに足を踏み入れていった。



白い照明に満ちた研究棟の一室で、チェイサーは静かに立っていた。

金属と肉体が混ざり合ったその身体は微動だにせず、ただ目の前の男――アモンを見据えている。


アモンはデスクに腰掛け、肘をついたまま指を組んでいた。

その瞳は、技術者特有の冷静さと、抑えきれない好奇心の光を帯びている。


「……以上が現場で起きたすべてです」


チェイサーの声は、スピーカー越しの無機質な響きを帯びていた。

だが語られる内容は、生々しい。


スカーレットは理性的で、会話も成立していたこと。

異常性を示していたのは一貫してルビーであったこと。

ロジャーが左腕を失うに至った経緯。

そして――戦闘の最中に乱入してきた、“石剣”のレック。


アモンは一言も挟まず、最後まで黙って聞いていた。

だが、ルビーの再生能力の話に差しかかった瞬間、指先がわずかに動いた。


「……なるほど」


低く、噛みしめるような声。


「再生には有機物が必要。無機物は取り込めない。

 人格は分離していて、片方は制御不能……か」


その口元に、研究者のそれ特有の――危うい微笑が浮かぶ。


「興味深いね。再生医療の観点から見ても、前例がない」


アモンは立ち上がり、隔離区画の方向へと視線を向けた。


「ルビーは、しばらく私の管理下に置く。

 鎮静状態を維持しながら、徹底的に調べるよ」


チェイサーは無言で頷いた。


「それと……ロジャーの腕だが」


アモンは今度は穏やかな声音で続ける。


「早急に義手を用意する。

 戦闘用じゃない。日常でも使えるものだ。

 ……彼には、それが必要だろう」


チェイサーの義眼が一瞬だけ揺れたように見えたが、すぐに元の無表情に戻る。


「最後に――レック」


その名を口にした瞬間、アモンの声から温度が消えた。


「彼については、君が尋問を担当しろ。

 過去も、スカーレットとの関係も、すべてだ」


命令ではなく、確信に満ちた指示。


チェイサーは一歩引き、短く答えた。


「……了解しました」


アモンはそれを聞くと、再びデスクへ戻り、静かに息を吐いた。


白い部屋の中で、

新たな研究の始まりと、まだ終わらない因縁だけが、音もなく動き出していた。


チェイサーが静かに扉を閉めて部屋を出ていくと、入れ替わるように――床を震わせる足音が近づいてきた。


やがて現れたのは、天井の照明を遮るほどの大男だった。

無言のまま、ただ一直線にアモンの前へ立つ。その姿は生者のものではない。肉体の一部は明らかに機械で置換され、金属と人工皮膚の継ぎ目が、縫い合わされた過去を物語っていた。


アモンは椅子から立ち上がり、研究者らしい穏やかな声音で声をかける。


「調整はすべて終わった。次は動作チェックだな――

 ガトー……いや、今は“リベンジャー”と呼ぶべきか」


大男は返事をしない。

だが、その名を呼ばれた瞬間、かすかに首の関節が鳴り、視線がアモンへと正確に合った。


かつて隊員ガトーと呼ばれた男。

その亡骸に、アモンの作り上げた機械と、人工知能の人格を載せた存在。

チェイサーと同じく、「死体に意思を宿した兵器」だった。


アモンは腕を組み、淡々と続ける。


「正直に言えばね、レックに“リベンジマッチ”をさせてやりたい気持ちはある。

 君の名を考えれば、自然な感情だ」


一瞬、リベンジャーの指がわずかに強く握られる。

だがアモンは、すぐに首を横に振った。


「だが――今回は違う。レックは“来客”だ。

 手を出すな。これは命令だよ」


静かな声だったが、そこには逆らいようのない重みがあった。


「君には君の仕事がある。

 復讐じゃない。――役割だ」


しばしの沈黙。

そして、リベンジャーはゆっくりと、大きく頷いた。


金属と肉体が擦れる、低い音が響く。


それ以上の言葉はなく、大男は踵を返す。

重い足音が廊下へと遠ざかり、やがて完全に消えた。


そのすべてが、彼の研究の延長線上にあった。

アモンは小さく息を吐き、独り言のように呟く。

「……さて。次は、兄さんに会いたいな…」





翌日、薄曇りの光が隔離棟の窓から差し込んでいた。

無機質な取調室に置かれた机を挟み、チェイサーとレックは向かい合っている。


拘束具に繋がれたレックは、椅子に深く腰掛けたまま、相変わらず不遜な態度を崩さなかった。

対するチェイサーは、感情の起伏を一切見せず、淡々と端末を操作している。


「……今の“飼い主”は誰だ」


低く、抑揚のない声。


レックは鼻で笑った。


「言うわけねぇだろ。拷問でもする気か?」


チェイサーは一瞬も表情を変えない。

端末を伏せ、次の質問へと移る。


「では質問を変える。――なぜ、病院を襲撃した」


レックは天井を仰ぎ、わざとらしく肩をすくめた。


「さあな。忘れちまったよ。最近、物忘れが酷くてな」


挑発とも取れる言葉。

だがチェイサーはそれを受け流し、静かに立ち上がった。


「……忘れっぽいお前でも、これは覚えているはずだ」


そう言って、机の上に一枚の写真を滑らせる。


色褪せたそれには、数人の子どもたちが写っていた。

笑顔で肩を寄せ合い、どこかぎこちなくも温かな空気を纏った一枚。


レックの視線が、写真に落ちる。


ほんの一瞬――

だが確かに、その表情が曇った。


嘲るように歪んでいた口元が閉じられ、灰色の瞳から、軽薄な光が消える。


「……」


沈黙が落ちる。


チェイサーはその変化を見逃さなかった。

追及はしない。ただ、逃げ場を塞ぐように、静かに言葉を置く。

チェイサーは一歩、机の影から踏み出した。

重い足取りでも、威圧でもない。ただ逃げ道を一つ塞ぐ距離。


「……お前の“正解”は、それでいいのか?」


低く落とされた問いは、殴打よりも深く胸に沈んだ。


チェイサーはすでに知っていた。

アモンから渡された資料には、レックという男の過去、噂、裏の顔、そして――子どもたちの存在が、無機質な文字列で並んでいた。


さっきまでの軽口は、もうそこにはなかった。

レックは写真から目を離せず、喉を鳴らす。


「……わかった」


その声は、掠れていた。


「子どもたちには……手を出さないでくれ」


縋るような視線。

強者の仮面は剥がれ落ち、そこにいるのはただの疲れ切った男だった。


チェイサーは即座に否定する。


「勘違いするな」


短く、はっきりと。


「俺たちは悪役じゃねえ。脅しも復讐も目的じゃない」


一拍置き、言葉を選ぶでもなく続ける。


「狙ってるのは、お前のことを“よく思ってない奴ら”だ。

お前を切り捨てて、後始末だけ押しつけようとしてる連中の方だ」


レックの瞳が、わずかに揺れる。


「……協力すればどうなる」


問い返す声には、まだ疑念が残っていた。


チェイサーは首を傾けもせず、淡々と答える。


「この町での生活を保障する。

子どもたちも含めてだ」


それは取引でも、脅迫でもなかった。

ただ事実として提示された“選択肢”。


沈黙が落ちる。

レックは拳を握りしめ、しばらく俯いたまま動かなかった。


そして、ゆっくりと顔を上げる。


その目には、諦めと覚悟が入り混じっていた。


「……俺に、まだ居場所が残ってるって言うのか」


チェイサーは答えない。

ただ、その沈黙こそが肯定だった。


取調室の空気が、わずかに緩む。

だがそれは、終わりではない。


これは始まりだ。

レック自身が選び直すための、最初の一歩に過ぎなかった。


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