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63、勝者はどっち!?

ロジャーは、トレーニングルームを出ていくルビーとミーシャの背中を見送りながら、

ふと遠い記憶へと思考が引き戻されていた。


そういえば——あの子、よく食べるんだ。


昔、食卓に並んだ料理を、

まるで競うようにほおばる幼いルビーの姿が、

鮮明に浮かんでくる。


「お父さん、おかわり!」

「おいおい、もう三杯目だぞ」

「だって、美味しいんだもん!」


白いご飯粒を頬につけたまま笑う娘。

その小さな手には、

自分が作った不格好な卵焼きが握られていた。


(……そういえば、あいつもよく食べてたな)


妻の面影が、柔らかく脳裏をよぎる。

まだ若かった頃、

二人で行ったデートの昼下がり——

店の隅の席で、彼女は恥ずかしそうに

ビッグサイズのハンバーガーを両手で持っていた。


「……そんなに大きいの、食べられるのか?」

「だって美味しそうなんだもん」

そう言って、頬を赤らめながらも、

最後までペロリと平らげた。


そのときの笑顔が、ルビーと重なる。


——ただ、娘はそれ以上だった。


今でも思う。

あの細身の身体のどこに、

あれだけの食べ物が消えていくのか。


(母親譲り……なのかもな)


ロジャーは小さく笑い、

胸ポケットに入った家族の写真をそっとなぞった。

そして、食堂の方から響くルビーの明るい笑い声に、

自然と足がそちらへ向かっていった。


ミーシャは、スプーンを握る手をぷるぷると震わせながら、

静かに遠い天井を見つめていた。


——これが……本当の、地獄か。


昼下がりの食堂。

トレーニング後の清々しい汗と、健全な食欲。

そこまでは完璧だった。


だが、目の前の少女——ルビーが、

そんな彼女の甘い予想を、

見事に粉砕してくれた。


「すみませーん! おかわりくださーい!」

「は、はいっ! すぐお持ちします!」


店員が慌ただしく厨房に走る。

ミーシャの頬がひくついた。


——もう何皿目だ……?

最初はカツ丼だった。次に焼きそば。

そのあとラーメン、チャーハン、カレー、カレー、またカレー。


(カレー、三連続……!?)


テーブルの端には、空いた皿の山がそびえ立っている。

もはや芸術的なレベルの積み上げっぷり。


「ミーシャさんも食べます? ここの唐揚げ、サクサクで美味しいですよ!」

ルビーは笑顔で差し出してくる。

箸の先にあるのは、すでに七皿目の唐揚げ定食だ。


「……あ、あたしはもう……無理」

「えー、もったいないですよぉ」


(もったいないのは、あたしの財布だよぉぉぉ……!)


ミーシャは内心で泣き叫びながら、

震える手でレシートを握りしめた。

“合計:14,380クレド”——数字が刺さる。


「ごちそうさまでしたっ!」

ルビーの満面の笑み。

あのスパーリングで見せた真剣な顔とはまるで別人だ。

もう、ただの天真爛漫な食欲モンスターでしかない。


「……ルビー」

「はい?」

「お前……その体のどこに入ってるんだ……?」

「えへへ、わかんないです!」


ルビーが笑う。


ミーシャは天を仰いだ。

さっきまでの「鉄の女」ぶりはどこへやら。

完全に魂が抜け落ちていた。


ミーシャは魂の抜けたような目で、

ルビーの「デザートはまだありますかぁ〜?」という声を背中で聞き流しながら、

テーブルに突っ伏していた。


そこへ、そっと肩に優しい手が置かれる。


「……ミーシャ」


振り返ると、そこにはシー。

やわらかく微笑みながら、彼女の肩をぽんぽんと叩いた。


「ディナー、今日は私が奢ってあげる」


「……え?」

「頑張ったでしょ。いろんな意味で」


ミーシャはしばらく黙ってシーを見つめ——

次の瞬間、崩れ落ちるようにテーブルに顔を伏せた。


「ううっ……シー……あんた、天使か……!」

「はいはい、泣かないの。せっかくの美人が台無し」


「財布が……財布が死んだんだよぉ……」

「その代わりに、後輩の胃袋が満たされたんだからいいじゃない」


「ここにいるのは後輩じゃ無い‘悪魔’だ……」


シーはくすっと笑いながら、

テーブルの上に置かれたレシートの“14,380クレド”を見て、軽く息を呑んだ。


「……え、これ全部?」

「全部……一人前……」


「……ルビーちゃん、見た目によらず破壊力あるね」

「もう、“大食いの悪魔”って呼んでいい……?」


「ダメよ。新人ちゃん、可愛いんだから」


そう言いながら、シーはミーシャの髪をくしゃりと撫でた。

ミーシャは涙目で鼻をすすり、

「シー……やっぱ同期っていいな……」とぼそり。


「でしょ?」とシーが笑うと、

その笑顔に救われたのか、ミーシャはわずかに笑い返した。


その隣の席では、ルビーがまだメニュー表を手にしていた。


「すみませーん! パフェってまだありますかー?」



ミーシャとシーは同時に叫んだ。

「——もうやめてぇぇぇ!」


ランチを終えたミーシャは、

まるで魂を抜かれたような顔でトレーを返却しながら、

「……もうしばらく、誰とも食事行かない……」

と小声でつぶやき、自分の持ち場へとふらふら戻っていった。


その背中を見送りながら、ロジャーは苦笑する。

——申し訳ないが、娘の食費は底なしだ。


ふと視線を戻すと、

ルビーはテーブルに肘をつきながら、

満足そうにココアを飲んでいた。

そして、朝のスパーリングでできたはずの擦り傷や青あざが——

どこにも見当たらない。


「……ルビー、痛みは?」


「ん? もう全然! ごはん食べたら元気でちゃった!」

と、まるで魔法でもかけたような笑顔。


ロジャーはそんな娘を見つめながら、

思わず「満足したかい?」と聞いた。


ルビーはにっこりと笑い、

「うんっ! あの人強かったけど、楽しかった!」と答える。


その無邪気な声に、ロジャーの胸が少しだけ熱くなった。

——この明るさ。

——食べることも、笑うことも大好きで、負けず嫌いなところも。


まるで妻そのものだった。


「……ほんと、若い時の母さんに似てるな」

ロジャーが小さくつぶやくと、

ルビーは「え? なにか言った?」と首を傾げる。


「いや、なんでもないさ」

ロジャーは笑って立ち上がり、

娘の頭を軽く撫でた。


その笑顔の奥に、

“いつかまたスカーレットが出てくるかもしれない”という

かすかな不安がよぎる。


けれど今は——

目の前で笑う娘を信じていたかった。


ルビーは警備部に配属されてからというもの、

誰よりも元気で、誰よりもマイペースだった。


もっとも、彼女には“武器の携帯禁止”というアモンからの厳命が下っている。

そのため、実戦部隊ではなく事務職としての配属となった。


彼女のデスクワークは主に、

備品の管理、巡回ルートや警備スケジュールの調整、

そして報告書の仕分けと提出確認。


最初のうちは慣れない操作にアタフタしていたが、

三日も経てばもう手慣れたもの。

テンキーを叩く音が、リズミカルに部屋に響く。


ただ——仕事が終わる頃には、

必ずルビーの姿はラファのデスクにあった。


「ラファせんぱ〜い……もぅ目がしょぼしょぼします〜」

「いや、まだ勤務時間残ってるから。あとちょっと、頑張って」

「えぇ〜ん、先輩の声が子守唄に聞こえる〜」


机に突っ伏し、ラファの袖を引っ張るルビー。

その様子を見ていた周りの隊員たちは、

「新人って元気だなぁ」と苦笑するばかり。


ロジャーはそんな娘を遠くから見守りながら、

(……おいおい、職場で“先輩”に甘えるな……)

と額を押さえていた。


だがラファが「もう、仕方ないな」と言って

コーヒーを差し出すと、ルビーはぱっと顔を輝かせる。


「ありがとうございますっ、ラファ先輩っ! だいすきです!」


——その明るさは、まるで

重たい現場の空気を少しだけ軽くしてくれる“太陽”のようだった。


ラファはデスクの前に立つルビーに声をかける。


「ねえ、ルビー。次の外回りのとき、ちょっと町に寄ろうと思ってるんだけど……なにか食べたいものある?」


ルビーは一瞬考え込み、眉をひそめる。

ルビーは小さく「ちっちっちっ」と指を振りながら、楽しげにラファに言った。


「んー……チョコと、バターと、小麦粉と……あと、あればアーモンドとか!」


ラファは少し驚いたように目を瞬かせてから、柔らかく笑った。


「お菓子を“作る”ほうなんだ。てっきり食べる専門かと思ってたよ」


ルビーは頬をぷくっと膨らませて、

「ひどいなぁ先輩。ちゃんと女子力ありますよ? こう見えて、お菓子づくり得意なんですから!」

と元気いっぱいに言い返す。


「へぇ~、それは楽しみだね。

クッキーかブラウニーかな?」

「ふふ、それは出来てからのお楽しみです♪」


明るい笑顔。

けれど、そのほんの一瞬前に見せた、暗い表情がラファの胸に引っかかっていた。

——“外に出られない”という現実を、彼女はちゃんとわかっている。

それでも、笑って前を向く。


「……じゃあ、買い出しは任せて。私、次の外回りの時に見てくるね」

「本当!? やったぁ~! ラファ先輩、大好きですっ!」


ルビーはデスクに突っ伏して、両手でハートを作る。

その無邪気さに、ラファは少し照れくさそうに笑いながら、

「はいはい、職場でそういうのは禁止~。でも……楽しみにしてるね」

と小さく返した。


——その会話のあと、ルビーは仕事のメモ帳を開き、

「“材料リスト:チョコ、粉、笑顔”……っと」

と、ふざけ半分に書き込んでいた。


ルビーは机に頬杖をつきながら、いたずらっぽく笑う。

「もちろん本気ですよ? ラファ先輩のハートもセットで掴んじゃうかも~」


ラファは笑いながらメモを取り、心の中で思う。

――外回りがこんな楽しみになるなんて、悪くないな。

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