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62、あたらしい後輩

配属初日。


広い警備部のフロアに、緊張とざわめきが混ざり合っていた。

アモンの通達によって「例の娘がくる」という話はすでに全体に共有されており、

その視線のいくつかがルビーへと集まっていた。


彼女はチョーカーを軽く触りながら、

その数の多さに少したじろぐ。


「……けっこういるんだね、ここ。」


「まあな。みんな癖は強いが、悪い奴らじゃない。」

ロジャーが短く答え、ルビーを促すように手を差し出した。


「こっちだ、俺のデスクに案内する。」


廊下を抜けてオフィスの扉を開けると、

そこには見慣れた面々がデスクワークに勤しんでいた。


すると――すぐにひときわ明るい声が飛ぶ。


「ロジャーさーん! ほんとに娘さん来たの!?」

シーが書類を放り出して駆け寄ってくる。


「わ、わっ、ほんとに若い!かわいい!」


その後ろから、コーヒーカップを片手にラファも顔を出した。

「噂の新人ってルビーちゃんのことだったんですね。」


ルビーは少し目を瞬かせたあと、

ふっと表情をほころばせる。


「えへへ、初めまして。ルビーです!

 ……あの、よろしくお願いします、先輩!」


ラファは思わず笑って、軽く手を振った。

「そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。気軽に“ラファ先輩”で。」


シーがすかさず横から割り込む。

「ちょっと!なんでラファ先輩だけ!私も“シー先輩”って呼んでよ!」


ルビーはぱっと笑い、

「はい、シー先輩!ラファ先輩!」と元気よく敬礼する。


その明るさに、ロジャーの口元にもわずかな安堵の笑みが浮かんだ。


――ほんの数日前まで拘束されていた少女が、

今はこうして笑っている。


それだけで、少しだけ世界が救われた気がした。


シーがルビーの肩を軽く叩いた。

「じゃ、せっかくだし私が案内するね! 新人研修ってことで!」


ルビーが目を輝かせる。

「えっ、いいんですか!? やったー! どこから行きましょう!?」


「まずは食堂! あとトイレの場所も超重要!

 あとね、休憩室の自販機は反応悪いから、ちょっと強めに押すの!」

「なにその生活感あふれるアドバイス!」

とルビーが笑いながらついていく。


ふたりが元気に廊下を出ていくのを見送ると、

ロジャーのそばにそっとラファが寄ってきた。


「……あの、ロジャーさん。

 前に話してた娘さんって――もしかして、ルビーちゃんですよね?」


ラファは小声で言いながらも、

目にはほんのり涙ぐんだような光があった。


「本当に……見つかってよかったです。

 偶然でも、奇跡でも、ちゃんと再会できて。」


ロジャーは一瞬、言葉を失ったように目を伏せた。

そして、少し照れくさそうに頬をかきながら、静かに答える。


「……ああ。

 正直、もう二度と会えねぇと思ってたんだ。

 スカーレットに飲まれて、どこかで……終わってるってな。」


ラファはそっと微笑む。

「でも、生きてました。ちゃんと。」


ロジャーはその言葉に、かすかに目尻を緩めた。


「……あぁ。生きてたんだな。

 それだけで、もう十分すぎる。」


彼の視線の先――

廊下の向こうで、シーと笑いながら話すルビーの背中が見えた。


廊下の向こうから、明るい笑い声が響いていた。

シーとルビーが、すっかり打ち解けた様子で並んで歩いている。


「それでね、チェイサー隊長が本気出したときの地面の割れ方がさ、まじで“地震”なの!」

「えぇ!? そんなの人間じゃないですよ!?」

「うん、あれは多分“人類側の災害”!」

二人は顔を見合わせて笑い、肩を寄せ合ってはしゃいでいた。


その瞬間だった。

廊下の端から、ぬっと影が現れる。


ミーシャ。

しなやかなモデル体型に、鍛え上げられた筋肉が浮かび上がる。

その姿はまさに“筋肉でできた芸術品”とも呼べるほど。

いつものように腕を組み、にやりと笑っていた。


「……へぇ、新顔ちゃん?」


その笑みを見た瞬間、

ラファとロジャーは同時に息を飲んだ。


「……ああぁ……」

「来たな……悪夢の勧誘……」


ミーシャはゆっくり二人に近づき、

シーの肩をぽんと叩く。


「お前ら、ちょうどいいタイミングだ。

 身体慣らし、してみないか?」


「えっ、え? いや、私たち今これからカフェ行こうって――」

「カフェよりカロリー燃やすほうが健康的だぞ?」

「いやいやそういう理屈じゃなくて!?」


しかし時すでに遅し。

ミーシャはその鍛え上げられた腕で、

シーとルビーの両腕をがっちり掴み――


「よし、トレーニングルームに行くぞ!」


と、まるで戦場へ連行するかのように二人をずるずる引きずっていった。


「きゃー! 離せぇ!ミーシャっ!」

「ちょ、ちょっとまだ着替えても――!」


──その光景を遠くから見ていたロジャーとラファ。


「……俺の初日、思い出した……」

「私もです……あの日、肋骨がまだ軋んでる気がします……」


ミーシャがトレーニングルームの扉の向こうへ消えるのを確認すると、

二人は目を合わせ、同時に立ち上がった。


「行くぞ、ロジャーさん!」

「ああ、急げ! あれは死人が出る!」


二人はまるで火災現場に駆け込むように、

全速力で廊下を駆け抜けた。


その直後、トレーニングルームの奥から――


「ほらぁぁ! 腹筋100回ぃぃ!!!」

「ぎゃーーー!!!」


という悲鳴と怒号が響き渡るのであった。


警備部の休憩スペース。

遠くのトレーニングルームから、掛け声と悲鳴が交互に響いてくる。


「……なぁ、また誰かミーシャに捕まったのか?」

「みたいだな。さっき新人のルビーちゃんとシーさんが引きずられてった。」

「うわぁ……南無……」


誰かが手を合わせ、他の隊員たちは「ご愁傷様」と小声でつぶやく。

ミーシャの“自主トレ指導”に一度でも巻き込まれた者なら、全員が知っている。

──捕まったら最後。

筋肉の神に祈るしかない。


トレーニングルームの中では、案の定、地獄のような光景が広がっていた。


「いーち、にーっ! 声が小さいぞ、腹から出せッ!」

「に、にーっ! さんっ!」

「ぜんっぜん気合いが足りない! お前ら、戦場で生き残れると思ってるのかッ!?」


ミーシャの怒号が室内に響き渡る。

床に伏せたシーは、汗まみれの顔で息を荒げながら必死に腕立てを続けていた。


「ミーシャっ、私……もう腕が……! 上がらな……っ!」

「根性で上げろ、シー!!!」


その横で、ルビーは真っ赤な顔をして腹筋を繰り返していた。

彼女は最初こそ半ば引きずられるようにして来たが、

途中からは真剣な表情でトレーニングに取り組んでいる。


ぎゅっと歯を食いしばり、動きを止めないルビー。

それを見ていたミーシャの口元に、にやりと笑みが浮かぶ。


「ほぉ……いい目してるじゃないか、新入り」


ルビーは息を整えながら答える。

「だって……やるからには、ちゃんとやりたいですから!」


「気に入った!」

ミーシャが勢いよく立ち上がり、手を鳴らした。


「よし、次はスパーリングだ!」

「えっ!?」

「私とだ!」


シーが慌てて声を上げる。

「ミーシャ!? いきなりは無理だって!」

「いいんだよ、実戦が一番のトレーニングだ!」


ルビーは思わず後ずさりながらも、

その瞳の奥にかすかに燃える光を宿していた。

けど少し甘える様に上目遣いでミーシャに


「わ、わかりました……

でも、手加減してくださいね……?」


ミーシャは愉快そうに笑う。

「手加減? あはは、するわけないだろ!」



ロジャーとラファが顔を見合わせた。


「……けど、私もミーシャさんとの時間があったから今があるし、」

ラファは苦笑しながら肩をすくめた。

「悪い話じゃないかもですよ。たぶん……ですけど。」


ロジャーも腕を組み、しみじみと頷く。

「確かに、自分も軍にいた時は毎日しごかれた。

 ……誰しもが一度は通るもんだな。」


そう言いながらも、視線の先では——。

トレーニングルームの中央で、ルビーが緊張した面持ちで立っていた。


彼女の隣ではシーが明らかに落ち着かない様子で、

眉を寄せてミーシャの方を見ている。


「ちょっとミーシャ、」

シーが慌てて声を上げた。

「ルビーは警備部に入ったばっかりなの! 新人に怪我させるなよ!」


その言葉に、ミーシャはちらりとシーを見て笑う。

「おいおい、シー。あんたも新人の頃、同じこと言われてたろ?」


「……うっ、それは……!」

「だから大丈夫だ。あたしはちゃんと見てやるさ」


ミーシャはそう言って、ゆっくりとストレッチをしながら立ち上がる。

彼女のしなやかな体が動くたび、筋肉が力強くうねり、

その姿はまるで獲物を前にした猛獣のようだった。


「ルビー、構えろ」


その声が、空気を一瞬で張り詰めさせる。

さっきまでの明るい笑顔が、スッと消えた。

代わりにあるのは、戦士の顔。


ルビーは喉を鳴らしながらも、

両手を前に出し、小さく構えを取る。


「……はいっ!」


ミーシャは口元をニカッと吊り上げ、

「よし、いい返事だ」と一言。


次の瞬間、床を踏み鳴らすような音が響いた。


——スパーリング開始。


ロジャーとラファはガラス越しに見守りながら、

同時にため息をついた。


「……やっぱり、止めた方がよかったかもしれんな」

「もう遅いですよ、ロジャーさん……」


その直後、トレーニングルームに乾いた衝撃音が響き渡った。

ルビーの体が一瞬浮き、床に転がる。


だが——彼女の瞳はまだ消えていなかった。

倒れながらも、立ち上がる気力がその目に宿っている。


「ほう……」

ミーシャがゆっくりと笑みを浮かべる。

スパーリングはまだ、始まったばかりだった。


ルビーは何度もよろめきながら、

それでも構えを解かなかった。


ミーシャの動きは速く、重い。

一撃一撃に的確な狙いがあり、

避けることに慣れていないルビーは、

どうしても受け止めるしかなかった。


ガードの上からでも腕が痺れ、

呼吸は荒くなっていく。

だが——その瞳だけは、消えていなかった。


「……まだ、いけますっ」


ルビーはふらつく足で立ち上がり、

自分の頬についた汗と血をぬぐいながら言った。


それを見ていたロジャーの拳が、無意識に握られる。

(もう十分だ、やめさせたい……)

そう思っても、娘のまっすぐな姿を前にして、

言葉が喉で止まった。


「……やるじゃないか、ルビー」

ミーシャは軽く息をつきながら、

最後の一撃を止めて笑った。

「動きはド素人だけど、根性は一人前だな」


ルビーは息を切らしながらも、

嬉しそうに笑みを返した。

「……ありがとうございます、ミーシャさん……」


——スパーリング終了。


ルビーの体には擦り傷と青あざがいくつも残っていた。

トレーニングルームの床に落ちた汗が、

スポットライトに光って見える。


シーはタオルを持って駆け寄り、

「だ、大丈夫!?」と慌ててルビーの肩を支えた。


ルビーはふらつきながらも、

「大丈夫、まだ……立てます」と笑う。


ロジャーは遠巻きにそれを見ながら、

拳をほどき、静かに息を吐いた。

「……慣れさせるしかないな。ここは、そういう場所だ」


ラファが小さく頷く。

「でも、すごいですよ。初日であれだけ受けて、

 泣き言ひとつ言わないなんて……」


——ランチの時間が近づいていた。


ミーシャはタオルで汗をぬぐいながら、

ルビーの隣にどっかと腰を下ろした。


「おい、ルビー」

「……はい?」

「飯、行くぞ」


ルビーは驚いたように顔を上げる。

「えっ、私と……ですか?」


「当然だろ。初日スパーした仲だ、

 仲良くならなきゃな」


そう言ってミーシャは立ち上がり、

ルビーの頭を軽くぽんと叩いた。


「奢ってやるよ。今日はよく頑張ったな」


ルビーの瞳が一瞬、ぱっと明るくなる。

「……はいっ!」


その様子を見て、ロジャーは胸をなでおろした。

少なくとも、娘はここで——

受け入れられ始めているのかもしれない。

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