06、思い出の装備
ラファの提案を受けたシオンは、わずかに俯き、また何かを考えるようにブツブツと小さな声で呟き始めた。その声はあまりに小さく、ラファには全く聞き取れなかったが、その様子から彼が深く悩んでいることだけは伝わってきた。
「……危険だ、けど他に――」
かすかに聞こえたその断片的な言葉に、ラファは心配そうに眉をひそめたが、すぐに明るい声で彼の沈黙を切り裂いた。
「いいじゃん!荷物のふりしてまた積み込んであげるよ!私はただの配達人、中身なんて知らないまま運ぶだけだから。」
明るく無邪気なその声に、シオンは驚いたように顔を上げた。彼女の笑顔には、何の躊躇もなく彼を助けたいという純粋な気持ちが表れていた。
シオンは少し目を伏せながら、小さく息をついた。胸の奥に重くのしかかっていた不安が、わずかに軽くなった気がした。
「……君は本当に変わってる。」
ふっと、シオンの口元にわずかな笑みが浮かんだ。その笑顔は、どこか救われたような安堵が滲んでいた。
ラファは腕を組み、少し考えるような仕草をしてから、真剣な表情で口を開いた。
「でもさ、隣国まで行くにはさすがにこの格好じゃ無理だよね?装備を整えないと。」
その言葉にシオンは一瞬考え込み、ポケットに手を入れると、小さな財布を取り出した。
「装備なら……お金はある。父の隠し口座のポケットマネーだ。」
彼はそう言いながら財布を開き、かなりの額が入っているのを見せた。ラファは目を丸くしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「お金もいいけど、もっと実用的なものがあるよ!」
彼女は嬉しそうに目を輝かせながら、少し誇らしげな声で続けた。
「亡くなったお父さんの装備が、家の倉庫にあるんだ。軍で使ってたやつ。どう?それ使ったら隣国まで安全に行けるんじゃない?」
その提案に、シオンは驚いたように彼女を見つめた。
「……お父さんの装備?それを僕たちが使うの?」
ラファは頷きながら、どこか懐かしむように微笑んだ。
「うん、父の装備はまだそのまま残してあるの。お母さんも大切にしてたから。きっと“必要な時に使え”って言ってくれるよ。」
その言葉に、シオンは少しだけ黙り込んだが、次第に表情が柔らかくなっていった。
「君は、本当に強いんだね……。
わかった、この依頼を君に出そう
前金を君に渡す。」
ラファは肩をすくめながら、笑顔で答えた。
「強いかどうかは分かんないけど、
困ってる人を放っておけないだけ!」
こうして二人は、隣国へ向かうための準備を整えることを決意する。
ラファとシオンは、古びた倉庫の中でラファの父が遺した装備を一つ一つ確認していた。そこには、かつて戦場で使われたと思われる頑丈な防弾ジャケットや、工具のような装備、そして軍用の小型無線機まで揃っていた。
「これ……本当に全部お父さんが使ってたの?」
シオンが驚いたように聞くと、ラファは頷きながら少し誇らしげに微笑んだ。
「うん、全部。どれも手入れはしてないけど、使えると思う。」
彼女は慎重に選んだ装備を車の荷台に積み込んでいく。工具箱を下ろす際、少し重そうに腰を曲げたが、それでも手を止めることはなかった。その姿を見て、シオンは黙って車の後ろに回り、彼女の手をそっと止めた。
「僕がやるよ。荷物扱いされるのは嫌だけど……これくらいは手伝える。」
意外にもしっかりとした口調で言われ、ラファは少し驚きつつも微笑みながら手を引いた。
「それじゃ、お言葉に甘えようかな。」
荷台には、必要最低限の装備と、そして――シオンが再び箱の中に入りやすいように用意されたスペースが整えられていった。
空が徐々に紺色から紫色へと変わり、夜明けの訪れを告げていた。町全体はまだ静寂に包まれており、通りを照らす街灯だけがぼんやりと光を放っている。
「急がないと。日が昇ったら、この町から出るのがもっと難しくなるかもしれない。」
運転席に座ったラファがそう言うと、助手席に座るシオンは静かに頷いた。荷台にはすでに彼の荷物、つまり再び箱の中に入ったシオン自身が収まっている。
「ねえ、窮屈じゃない?大丈夫?」
後ろを振り返りながら尋ねるラファの声には、少しの不安が混じっていた。
「問題ないよ。」
箱の中から返ってきたシオンの声はどこか落ち着いていたが、その言葉の裏に不安が混じっているのを、ラファは感じ取った。それでも彼は何も言わない。
エンジンの音が低く唸りを上げ、古びた車がゆっくりと動き始めた。ラファはハンドルを握りしめながら、再び街灯が並ぶ通りへと車を走らせた。
朝焼けが町の境界線に差し掛かる頃、ラファはアクセルを少し強めた。バックミラー越しに見える町並みは、幼い頃から見慣れた風景だったが、今日はどこか違う感覚があった。
「こんなに早く町を出るのは初めてかも。」
独り言のように呟くラファに、シオンは静かに耳を傾けていた。
「どうしてそこまでして僕を助けようと思うんだ?」
箱の中から聞こえてきたその問いに、ラファは少し考えた後、笑いながら答えた。
「うーん、どうしてだろうね。なんかほっとけなかったんだよ。お父さんなら、きっとあなたを助けると思うし。」
その言葉にシオンはしばらく黙り込んだが、箱の中で小さく呟く声が聞こえた。
「……ありがとう。」
ラファはその声に気づき、少しだけスピードを上げた。朝焼けの光が車の窓から差し込み、二人の新たな旅が始まることを告げている。