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59、花火のあとに

カーニバルの夜、街は光に包まれていた。

石畳の道を覆うように吊るされた無数の提灯、甘い香りを漂わせる露店の煙、遠くでは笛と太鼓の音が響く。


「ねえ、ラファ。これ、どう?」

ティアンは猫を模した仮面を顔につけ、くるりと一回転する。

「似合ってる。……というか、それ、目が完全に光ってるんだけど」

「いいでしょ。光るの」

ティアンは得意げに言って笑う。


二人は焼き菓子を片手に露店の列を歩いた。

ラファはチョコがけの串菓子をかじり、ティアンは興味津々に周囲を観察していた。


「こういうの、人がたくさん集まって、みんな同じ方向を見てるのって、いいね」

「ティアン、祭りは初めて?」

「うん。私は“データ”としては知ってるけど、“空気”は初めて」

ティアンはそう言って、すこし胸に手を当てた。

「この感じ、いいな……心がちょっと忙しい」


その“忙しい”という表現に、ラファはくすっと笑った。

「楽しいって言うんだよ、それ」


射的屋の前で立ち止まると、ティアンは目を輝かせた。

「ラファ、あれやりたい!」

「え、撃てるの?」

「たぶん得意分野」

ティアンはライフルを受け取ると、まるで呼吸するように的を次々に撃ち抜いた。

店主のじいさんが口を開けて固まる。

「お、お嬢ちゃん…うまいね…軍の人かい?」

「えっと、たぶん、非戦闘員です」


結局、ティアンは大きなぬいぐるみを抱えて上機嫌だった。

ラファは苦笑しながら、それを受け取ってあげる。

「そんなに抱えて歩けないでしょ」

「ラファが持つの?それってデートっぽいね」

「……はいはい、うるさい」


音楽と笑い声が溶け合う。

ラファとティアンは屋台通りを歩きながら、光る綿あめを片手にゆっくりと祭りを楽しんでいた。


ティアンは初めて見る人混みと光の海に目を丸くしている。


そこへ――


「ラファー! 見っけ!」


どこからともなく飛びついてくる声。

シーが、羽根付きの派手な仮面に、カラフルなスカートをひらめかせながら登場した。

片手にはチョコバナナ、もう片手にはベビーカステラの袋。


「ちょ、シー!? いきなり現れるなって!」

「だって祭りだよ? テンション上がるでしょ!」


そんなやり取りの横で、ティアンが一歩下がり、少し警戒したようにシーを見ていた。

ラファが慌てて紹介する。


「えっと、シー。こっちはティアン。前に言ってた……えっと、その……知り合い!」

「はじめましてー!」

シーはニコニコしながら、ためらいもなくティアンの手を握る。

「ラファの“クローゼットの友達”だよね?」

「……そ、そんな名前で呼ばれてるんですか、私?」

「うん!」

ティアンは苦笑しながらも、「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。


「かたっ苦しいの禁止! 今日はカーニバルなんだから、楽しんだもん勝ち!」

シーはそう言って、二人の腕をぐいっと引っ張る。

「行くよ、まずは屋台巡り! 胃袋に祭りの洗礼を!」


三人は屋台のご飯を食べ、くじ引きで外れを引き、

ティアンはラムネのビー玉を取るのに真剣になりすぎて、シーに笑われた。


「ラファ、楽しいね!」

「うん……ティアンがこうして笑うの、初めてかも」

「なにそれ、青春っぽい!」


笑い合いながら進んでいくと、少し人だかりのある射的屋が見えてきた。

店の前では派手な仮面をつけた女が銃を構えている。

露店の木製ライフルを手にしているはず――なのだが、どうも持ち方が妙に手慣れていた。


「おもちゃじゃ楽しく撃てないなー……」

女がぽつりと呟いた。

その声にどこか、聞き覚えがあるような、妙な鋭さがあった。


その隣で、長身の仮面の男がため息をつく。

「バカやめろ。本物出そうとする奴があるか」

「へいへーい」

女は軽く舌を出して、男にお尻にキックを食らって

悪態をつく。


「いってー! もー、蹴らなくてもいいじゃん!」

「蹴られたいから言ったんだろう」

「ちがーう! ……でもちょっと楽しい!」


二人の掛け合いに、周囲の客たちは笑いながら拍手を送った。

まるで芝居でもしているようなその光景。

けれど、ラファだけは気づいた。

あの女が構えた一瞬――銃の重みの扱い方が、“訓練された誰か”のものだということに。


「……ラファ?」

ティアンがラファの袖を引く。

「ううん、なんでもない。ただ……なんか、あの男の人の声、懐かしい感じがした」


「祭りの雰囲気でしょー!」とシーが笑って誤魔化す。


だが、ラファはどこか引っかかるような感覚を抱えたまま、

次の屋台へと歩き出した。


その夜――

射的屋の仮面の男女は、人混みに紛れるように消えていった。



通りの明かりが少し落ち、夜空には次の花火が上がる寸前。

音楽のリズムが途切れた静寂の中で――

ふと、仮面をつけた長身の男が歩いてくるのが見えた。


「……アモンくん?」

シーが目を丸くする。

まるで夢の中で推しに遭遇したような声だった。


仮面のアモンは、ゆるく手を上げて微笑んだ。

「こんばんは、シー。こんなところで会うなんて奇遇だね」

「アモンくんも来てたんだね……!」

シーの声がわずかに上ずる。

「こういうの、あんまり興味ないタイプだと思ってた。誘えばよかったな」


アモンは小さく笑って、首を横に振る。

「ありがとう。でもね、今日は探し物があって……ついでに寄ったんだよ」


探し物――

その言葉に、ラファの胸の奥で何かがざわついた。

まるでこの人が“ただの医者”ではないことを、どこかが警告しているようだった。


そんな微妙な空気の中、ひときわ存在感を放つ男が後ろから現れた。

フルフェイスのヘルメット、無骨な装備――チェイサーだった。


彼は人混みをかき分けてアモンの横に並ぶと、

露店の風船売りの前で足を止めた。


「楽しんでいるところ、悪かったな」

低い声で言いながら、ウサギの形をした白い風船を受け取り、

ティアンの方へ差し出す。


「これ、似合いそうだ」


その一瞬――ティアンの目が見開かれた。

視界の奥に“重なった記憶”が再生される。

〈盗用〉の能力で仲間の視界を共有していたとき、何度も何度も見た“あの男”。

義手の鎖が光り、同胞を一瞬で仕留めた恐怖の記憶。


無意識に、ラファの背中へ身を隠した。

指先が震え、喉が鳴る。


「……嫌われたかな?」

チェイサーは、ヘルメット越しでも分かるほどの苦笑を浮かべ、肩をすくめた。


アモンは、その様子を黙って観察していた。

その瞳の奥に、感情とも、興味ともつかない光を宿して。

そしてふと、ティアンに視線を向けた。

まるで“何かを確かめる”ように。


「チェイサー、行こうか」

アモンが静かに言う。


「了解」


二人は人混みの中へと歩き出し、

カーニバルの喧騒の波に溶けていった。


花火が夜空で弾ける。

爆ぜる音が、ティアンの胸を締めつけた。


夜空に、光の花が咲いた。

爆音が胸の奥まで響く。

その音は――ティアンの中で、何かを“呼び起こす”音だった。


ぱん、ぱん、ぱん――

連続して炸裂するその響きが、

記憶の奥底に焼き付いた“あの戦場の音”と重なる。


ティアンの表情がふと変わった。

さっきまで無邪気に風船を見上げていた瞳が、

急に冷たく、研ぎ澄まされた光を帯びる。


「……あれ、懐かしい音」

その声は、まるで別人のように落ち着いていた。


ラファが振り向く。

「ティアン?」


ティアン――いや、“ハク”の声色を帯びた少女は、

人混みの中を見渡しながら、笑みを浮かべた。

「ねぇラファちゃん。あれ、戦場の爆裂弾と同じ音だよ。

ほら、あのとき――敵が吹っ飛んで、血と火薬の匂いが混ざって――」


「ティアン!?」

ラファが思わず声を上げる。


少女は、まるでトランス状態のように両耳を押さえ、空を仰いだ。

「うるさいなぁ……でも、悪くない……こういうの、好き……」


目の焦点が合わない。

完全に“ハク”の記憶が、ティアンの中で蘇っていた。


だが次の瞬間――

パァンとひときわ大きな花火が炸裂し、

群衆の歓声がそれを飲み込む。


ティアンの肩がピクリと震え、

ふっと力が抜ける。


「……あれ、わたし……今、何か言ってた?」

表情はいつもの、柔らかいティアンに戻っていた。


ラファは無理に笑って首を振る。

「ううん、なんでもない。びっくりしただけ」


ティアンは首をかしげながら、風船を見上げる。

「きれいだね、ラファちゃん」


ラファは答えず、ただ彼女の横顔を見ていた。

――今の“それ”は、ティアンじゃなかった。

間違いなく“ハク”だった。


花火が夜空で咲き続ける。





花火が終わったあとも、

ラファの耳にはいつまでもあの炸裂音が残っていた。


帰り道、屋台の灯りが次々と片づけられていく。

人々の笑い声も、遠くへ遠くへと流れていく。


隣を歩くティアンは、

まるで何事もなかったように

「楽しかったね」と微笑んでいた。


その笑顔を見て――ラファの胸が、

じわりと締めつけられた。


(今の彼女は、あの“ティアン”なのか――

 それとも、あのときの“ハク”なのか)


その問いが、喉の奥で渦を巻く。

答えが出ない。

けれど、否定もできなかった。


ティアンがふと、夜空を見上げた。

「また来年も来ようね、ラファちゃん」


その言葉があまりにも普通で、

あまりにも優しくて、

ラファは思わず笑ってしまった。


「……うん。絶対、来ようね」


――信じたい。

今目の前にいるのは、あの優しいティアンだと。

そう思いたい。


けれど、心の奥に残った“あの瞬間”の冷たい瞳が、

どうしても消えてくれなかった。


ラファは、夜空に残る煙の向こうを見つめる。

その先に、まだ知らぬ何かが待っているような気がして――

静かに息をついた。


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