56、片隅の友人
瓦礫の撤去がようやく終わり、
街に散っていた警備部員たちが次々と集まってくる。
焦げた匂いがまだ空に残り、遠くでは修復ドローンの音が絶えない。
アモンは静かに手を挙げた。
その仕草ひとつで、ざわめきが止まる。
「みんな……お疲れさま。
この惨状を食い止めてくれたこと、心から感謝する。」
彼の声はよく通る。
だが、どこか遠くを見つめているようでもあった。
「犠牲は……少なくなかった。
だが、彼らは誇り高く戦い、この街を守った。
我々は、その魂に敬礼しよう。」
整列した隊員たちが、一斉に敬礼を返す。
アモンもまた、静かに手を額へと添える。
しばし、風の音だけが響いた。
そして、彼は一歩前に出る。
「ここで――一人、どうしても話しておきたい男がいる。」
誰もが息を呑む。
アモンは一瞬、言葉を探すように空を仰ぎ、それからゆっくりと口を開いた。
「親愛なる友人、レック……いや、彼の本当の名はガトーだ。」
ざわり、と人の波が揺れた。
「彼は仇の情報を追うため、“レック”という偽名を使ってこの病院に潜り込んだ。
その目的は――奪われた息子を取り戻すためだった。」
アモンの瞳が、ほんの僅かに潤む。
それは感情の滲みなのか、それとも完璧に計算された演出なのか。
誰にも判断できない。
「彼は息子を攫った“石剣”のレックを追っていた。
そして……その名を名乗る者が、今回の襲撃に加担していたことが分かっている。」
拳を握りしめ、アモンは言葉を続ける。
「……ガトー。君の戦いは、ここで終わらない。
君の意思は、この僕が――アモンが継ごう。」
強く、静かに、宣誓のように。
その瞳から、ひとすじの涙がこぼれた。
敬礼の音が再び響く。
誰もが目を伏せ、沈黙が広場を満たす。
ただ一人、ラファだけがその光景をじっと見つめていた。
その“涙”の裏にあるものを、どうしても信じきれなかった。
(アモン……あなたは本当に、泣いてるの?
それとも――演じてるの?)
胸の奥で、静かに疑念が灯る。
夜の基地は静まり返っていた。
蛍光灯の明かりがぼんやりと薄く部屋を照らし、
机の上には飲みかけのコーヒーと、いくつもの報告書が積み重ねられている。
ラファはカーテンを閉め、ドアの施錠を二重に確認した。
ベッドの端に、小さくうずくまる少女がひとり。
量産型ハク――いや、ティアン。
「ティアンって名前、気に入らない?」
と、ラファが尋ねると、少女は少しだけ首をかしげた。
「……知らない名前。でも、ラファちゃんがそう呼ぶなら、いい。」
ハクのような抑揚はなかった。
彼女の声はどこか機械的で、それでいて不安定な温度を帯びていた。
人格データの上書きが不完全なのだろう。
笑うときのタイミングも、瞬きをする間隔も、どこかずれている。
けれど、ラファにとっては――あの夜、真実を見せてくれた少女だった。
だからこそ、彼女を放っておくことなどできなかった。
⸻
「アモンのこと、やっぱりまだ信じきれないんだ。」
ラファは小声で言った。
ティアンは無表情のまま、膝を抱える。
「……あの人、泣いてたね。」
「うん。みんなの前で、ガトーさんの話をしてた。
優しい言葉だったけど……どこか、用意された感じがしたの。」
ティアンはしばらく黙り、そして首をかしげる。
「用意された感情。たぶん、それは“演算”だよ。」
「演算……?」
「私たち“盗用”は、人間の感情をコピーしても、
本当の熱を再現できない。
だから、似てるけど“少し違う”んだ。
アモンも、似てるけど“少し違う”んじゃない?」
その言葉に、ラファの胸がざわついた。
――似ているけど、違う。
アモンも、チェイサーも。
みんな、どこか“人間”からズレている。
「ねえティアン、チェイサーのこと……どう思う?」
少女は一瞬だけ、ラファを見た。
瞳の奥に、冷たい光が一瞬走る。
「“追跡”する者。
でも、彼は“記憶”を追ってる。」
「記憶……?」
「うん。彼の体には“別の誰か”の記憶がある。
その記憶が、ラファちゃんを見るたびに反応してる。
あなたを見ると、心拍が上がる。
あれは、懐かしいって感覚。」
ラファは息を飲んだ。
胸の奥で、言葉にできないものが疼く。
「……どうしてそんなこと、わかるの?」
ティアンはベッドの端から立ち上がり、そっとラファの胸元に触れた。
「“盗用”だから。
他の人の“感じているもの”を、少しだけ覗けるの。」
その指先が離れると、部屋に再び静寂が戻った。
ラファは窓の外を見た。
夜風がガラスをかすめ、遠くで機械の低い唸りが響いている。
「……ありがとう、ティアン。
もう少し、ここにいていいからね。」
「ここ、あったかい。
ラファちゃんの気配、優しい。」
少女の言葉に、ラファは苦笑した。
「それ、誰かに言われた気がする。」
ティアンは首をかしげた。
「……?」
「……あなたはあなた。ティアンはティアンだよ。」
ラファの声は柔らかく、どこか祈るようだった。
ティアンはその声を聞きながら、
少し遅れて――不器用に微笑んだ。




