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48、見つけたそれは

礼拝堂を後にしたラファは、息を切らしながら廃墟と化した教会の奥へと駆け込んだ。

耳の奥ではまだ、石と肉がぶつかる鈍い衝撃音と、ミーシャの野生めいた咆哮が響いている。


「ミーシャなら大丈夫…」

そう自分に言い聞かせる。彼女に任せてしまった罪悪感と、それでも信頼している安堵感がないまぜになって胸を熱くした。


廊下には割れたステンドグラスの破片が散らばり、外の月明かりが冷たく差し込んでいる。

ひとつひとつの部屋を開け放つたび、空虚な静けさと、埃の匂いがラファを包む。


「ジス!ロン!」

声を張り上げるが、返事はない。古びた扉が軋み、足音だけがやけに大きく響いた。


ラファは崩れた教会の廊下を、焦りを押し殺しながら駆けていた。

冷たい石壁がどこまでも続き、奥の暗闇に吸い込まれるようだ。


一つ目の扉を開ける。

壊れた椅子と古びた祭具が散乱しているだけ。誰もいない。

二つ目の扉を開ける。

カビ臭い寝具が打ち捨てられている。静寂だけが満ちていた。


「……ジス! ロン!」

声は吸い込まれるように広がり、返事はない。胸がざわつき、額に冷や汗がにじむ。


三つ目の扉を押し開けた瞬間、ラファの息が止まった。


そこには――ベッドの端に腰掛けるジスがいた。

無表情で、虚ろな瞳のまま、ただ前を見つめている。

月明かりが窓から差し込み、その顔を青白く照らしていた。


「ジス……!」

安堵と不安が入り混じった声をかける。だが、少女は反応しない。まるで人形のように、声も、視線すらも返さなかった。


そしてその隣、もうひとつのベッドにはロンが横たわっていた。

鼻から上を覆うような奇妙なヘルメットを被せられ、かすかな呼吸だけが確認できる。


「ロンっ!」

ラファは咄嗟に駆け寄り、少年の肩を揺さぶった。

「起きて! ロン、聞こえる!?」


必死に呼びかける。

その瞬間だった――


ガンッ!


鋭い衝撃が脇腹を襲い、ラファの身体は床に叩きつけられた。

驚愕して振り返ると、そこにはジスがいた。

先ほどまで動かなかったはずの少女が、信じられない力でラファを突き飛ばしたのだ。


「ジス……?」

苦痛に顔を歪めながら呼びかけるが、返ってくるのは無言の冷たい視線。

その瞳には、ラファの知るジスの光はひと欠片も残っていなかった。


ジスに突き飛ばされ、床に叩きつけられたラファは呻きながら身を起こした。

彼女の瞳は相変わらず虚ろで、ただラファの行動を邪魔するようにベッドの前に立ちはだかっている。


ロンの眠るベッドに再び手を伸ばそうとした、その時――


轟音が夜を裂いた。

窓ガラスが一斉に震え、壁までもが共鳴するような重低音。外から照らされるサーチライトの白い光が、部屋を昼のように照らし出す。


「なっ……!」


次の瞬間、窓から衝撃。

ラファは咄嗟に床を蹴った。

迫り来る黒装束の兵士二人を迎え撃つ。


最初の一人が警棒を振り下ろす。

ラファは訓練通りの動きで腕をすくい上げ、体ごと投げ飛ばした。床に叩きつけられた兵が呻く間もなく、もう一人が低く構えて突進してくる。


「っ……!」

横に転がり込みながら、ラファはその膝裏に蹴りを叩き込む。確かに効いた手応えはあった――が、重装の装備に守られた兵は揺らぐだけ。すぐに立ち直り、再び迫ってきた。


汗が滲む。

数秒の交戦で悟った。訓練の成果はある。だが、実戦の兵を相手にするには決定打がない――。


その時、不意に軽快な口笛が室内に響いた。

「おお~、やるじゃん。ちょっとは骨がある」


サーチライトに照らされながら、ひとりの女が悠然と部屋へと足を踏み入れてきた。

ショートカットの東洋系の顔立ち、動きは機敏で、身につけた戦闘服もただ者ではない雰囲気を醸し出している。

その手には黒色のサブマシンガンが光っている。


「でもなぁ――」

ハクは銃口をラファに向け、指先でトントンと銃身を叩いた。まるでリズムを取るように。


パパパパンッ!


軽い破裂音。

床に弾丸がめり込み、火花が散る。

ラファはとっさに飛び退いた。


「はいはい、邪魔は退場ね。こっちは仕事があるんで」

軽口のまま、ハクは部下に手を振った。


黒装束の兵たちが一斉に動き出し、ジスの細い腕を掴んで引き立て、ロンをベッドごと担ぎ上げる。

ラファは叫びながら駆け寄ろうとしたが、ハクの銃口が向けられた瞬間、体が止まった。


「おっと、動くと頭、吹っ飛んじゃうよ?」

笑いながらも声は冷たい。仕事を遂行する者の響きだった。


ジスとロンが窓際へと引きずられていく。

ロープが垂れ下がり、次々と兵士たちが撤退していく。


「ま、そういうわけで――おつかれさん!」


ハクが最後に軽く敬礼して見せたかと思うと、ヘリの機関銃が再び咆哮を上げた。


ドドドドド――ッ!!


室内の壁が抉れ、粉塵と瓦礫が爆ぜる。

ラファは腕で顔をかばい、必死に後退するしかなかった。


視界の向こうで、ジスとロンを抱えた影が闇に溶けていく。

ハクの愉快そうな笑い声だけが、頭上でいつまでも響き渡っていた。





粉塵の中で、ラファは拳を握りしめていた。

掴めなかった――ジスも、ロンも。


「……ラファ!」


背後から駆け寄ってきたのはシーだった。

瓦礫を飛び越えてラファの隣に立つと、肩で息をしている彼女の顔を覗き込む。


「ちっ、間に合わなかったか」

「……ごめん。私、守れなかった」


ラファの声は掠れていた。悔しさと無力感が胸に滲む。

シーはふっと口角を歪め、しかしその顔には笑みではなく苦い影が浮かんでいた。


「悪いのはあたしだよ。どうせただのチンピラだろって思って……相手があんな連中だって、読めなかったのは私のミスだ」


ラファが顔を上げると、シーの瞳は妙に真っ直ぐで、軽口の裏に悔恨が隠しきれないのが伝わった。


「とにかく――ミーシャを迎えに行くぞ」


2人は急ぎ礼拝堂へと戻った。

そこで目にしたのは、血にまみれたミーシャの姿だった。


「ミーシャ!」

驚愕するラファの声に対し、シーは呆れたように肩を竦める。


「……はぁ、またやってんの。

あんたの能力、傷を負うほどパワーアップするってやつ。でも限度考えなって」


ミーシャは血だらけの拳を握りしめたまま、奥歯を噛み締めていた。

「……それでも、勝てなかった。あんな野郎に……!」


悔しさに地面を拳で叩きつける。鈍い音と共に、床板が少し割れた。


「やれやれ、プライドずたずたか」シーが肩を竦める。

「今は引くのが得策。とりあえず警備部に戻ろう。装備も情報も整えないとどうにもないしねー」


3人が廃教会を出ようとしたその時、ラファの無線機から鋭い声が響いた。


――『至急応援要請! 病院棟内部に覆面集団が侵入! 暴動発生中!』


空気が一気に張り詰める。

ラファの胸に冷たいものが落ちた。

母や、子供たちがいるあの病院が――狙われている。



「こちらラファ。すぐに向かう!」

ラファは短く返事を返すと、ミーシャとシーと目を合わせた。三人の間に、言葉はいらなかった。


夜の街を駆け抜け、彼女たちは病院棟へと走る。

しかしその建物の周囲はすでに騒然としていた。窓から漏れる明かりと悲鳴。

覆面を被った男たちが院内を荒らし回り、叫ぶ患者や看護師を押し退けるように暴れている。


「……ただの暴力沙汰じゃないな」シーが眉をひそめる。

「命令なんかじゃなく、めちゃくちゃにするのが目的みたいだ」


病院の正面玄関には、すでに警備部の隊員たちが総動員されていた。

盾を構えた部隊が突入を繰り返し、廊下に逃げ惑う人々を誘導する声が飛び交う。


「患者を最優先に避難させろ!」

「一階フロア制圧、急げ!」


怒号と悲鳴が混じり、まるで戦場のような有様。


ラファは拳を握りしめる。


「……絶対、ここで止める」

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