46、準備運動
古びた教会に辿り着いたラファたちの視線を奪ったのは、牧師の衣をまとった中年の男だった。
月明かりに煙を揺らしながら、飄々とタバコをくわえている。
「…あの」
ラファが声をかけると、男は煙を吐きながら面倒くさそうに目を細めた。
「あー、そういうのいいんで。おたくら、クソガキの保護者様?」
投げやりな声音に、吐き出す煙。
「俺は本当なら、今ごろ静かに本でも読んでたいんだがなぁ…」
ため息とともに、礼拝堂の奥から覆面の男たちがぞろぞろと溢れ出す。
その波を割るように、牧師服の男が悠然と奥へと歩いていった。
「ねぇラファ、あれ、怪しすぎない?」
シーが囁く。
「ついてきた以上は、やることやんないとな」
ミーシャはにやりと笑う。
次の瞬間、十人の覆面の男たちが一斉に襲いかかってきた。
「ははっ、そうこなくちゃな!」
ミーシャの目が獣のように光った。
最初の一人を殴りつける。拳が頬を裂き、骨の鈍い音が響く。
男が吹き飛ぶと、次の敵をそのまま掴み上げ、獣が獲物を投げ捨てるように床へ叩きつけた。
二人が同時に背後から組みつこうとしたが、ミーシャは吠えるように笑って背中ごとぶつかる。
巨岩にぶつかったかのように二人は跳ね返り、片方の首を掴んで柱に叩きつける。
「おらおらァ!次は誰だ!」
三人目の蹴りが飛んでくる。ミーシャは受け止めるどころか、足首を鷲掴みにして逆さに振り回し、棍棒のように使って他の覆面を薙ぎ払った。
壁に叩きつけられた四人が同時に呻き声を上げる。
「ははっ!いい音だな!」
残る数人が恐れを知らず突撃してきた。
ミーシャは正面から拳を受け止めると、腕ごと捻じり折るようにして膝蹴りを叩き込み、そのまま頭突きを食らわせた。血が飛び散り、敵はその場に崩れる。
怒声を上げながら最後の一人に突っ込み、獣のように両腕で抱え上げて床に叩きつける。
床板が軋み、男は動かなくなった。
十人が一瞬にして倒れ伏し、静寂が訪れる。
ミーシャは血の付いた拳を払うように振り、荒い息のまま笑った。
「はぁー、やっぱ力でねじ伏せるのが一番気持ちいいな!」
一方でラファは違った。
目の前の敵を一人ずつ確実に“処理”していく。
一人目が拳を振り上げた瞬間、ラファは腰を低く落とし、懐に滑り込む。
肘を鳩尾に突き刺し、相手が崩れ落ちる前に顎に掌底を叩き込み、即座に沈めた。
二人目の蹴りを受ける前に半歩引き、足首を払う。バランスを崩した相手の後頭部を壁に叩きつけると、そのまま意識を失った。
その横でシーは倒れた男たちにワイヤーをかけ、覆面を剥いでいく。
現れたのは、行方不明になっていた街の人々の顔だった。
「ふたりとも!この人たち街の人だ、あんまりケガさせないで!」
「なにぃ?」ミーシャは覆面を外し、虚ろな瞳を見て顔をしかめた。
「……ちっ。面白くねぇ」
先ほどまでの昂ぶりが冷め、肩を落とすミーシャ。
「おいシー。お前サボってたんだから、残りはぜんぶお前が縛っとけよ」
「げーっ……」
シーが嫌そうに顔を歪める。
ミーシャはラファへ手招きをし、荒っぽく笑った。
「行くぞラファ。」