44、待ち人の行方
翌朝。
ラファはいつも通り、ミーシャとトレーニングルームで汗を流し、その後、オフィスに向かった。
オフィスでは、シーがソファにだらしなく座り、片手に朝食を持ちながらニュースを眺めている。ラファも軽く挨拶を交わし、自分のデスクへ向かった。
いつもと変わらない朝。ただ、一つだけ違うのは——今日は久々に、自分を訪ねてくる少年がいるかもしれないということ。
病院の入り口にいる守衛に、「もし自分宛てに誰か来たら教えてほしい」と伝え、ラファは日々の警備部の業務に就いた。
とはいえ、事件がなければ警備の仕事は退屈なものだ。
穏やかな時間が静かに流れる。
それでも、ふとした瞬間に視線を入口の方へ向ける自分に気づく。
けれど、待てども少年の姿は現れなかった。
「……まぁ、こんなもんか。」
ラファは肩をすくめ、少しだけ残念そうに呟いた。
オフィスの窓から差し込む夕陽が、長い影を作りながら室内を橙色に染めていた。
時計の針が静かに進み、少しずつ夜の気配が近づいてくる。
ラファは手元のカップを見下ろし、冷めてしまったコーヒーを一口含んだ後、立ち上がる。おかわりを淹れようとしたその時——
「ラファちゃん!」
廊下の向こうから、慌ただしい足音とともに、守衛の男が駆け込んできた。
「訪ねてくる人がいるって話だったけど、聞いてないぞ……あんな小さい子が、大怪我して運び込まれるなんて!」
「……どういうこと? 案内して!」
ラファの表情が一変し、守衛の男に詰め寄る。
「今、病院棟で処置中だ。意識はあるが……お前に会わせてくれって泣き喚いてたよ。」
その言葉を聞くや否や、ラファは躊躇うことなく走り出した。守衛の男も後を追うようにして、病院棟へと向かう。
病室の扉を開けると、そこにはベッドに横たわる小さな子供の姿があった。
腕や顔には痛々しい擦り傷が走り、包帯が巻かれている。
その子供の目がラファを捉えた瞬間、ベッドから身を起こそうとする。
「ロンが! ロンが!」
子供の叫びが病室に響いた。
「おい、処置中だぞ!」
医師が鋭い声で2人を睨みつけるが、ラファは一歩も引かずに前に進んだ。
ベッドの傍に腰を落とし、子供の目線に合わせる。
「大丈夫。ゆっくりでいいから、何があったか教えて。」
子供の肩が小刻みに震え、息を整えるように何度も深呼吸を繰り返した。
「……ロンが、ここに来るの、すごく悩んでた。でも、みんなが説得して……それで、住処を出て行ったんだ。」
ラファは静かに頷き、続きを促す。
「……ロンがいない間に……大人の男が二人、住処に来て……『ロンはどこだ』って……僕たちが『いない』って言ったら……一番小さい子を捕まえて……」
言葉を詰まらせ、涙が溢れる。ラファはそっと手を握りしめ、震えを落ち着かせるように優しく撫でた。
「そいつら、『ロンに町外れの教会に来い』って伝えろって……」
ラファの心臓が強く脈打つ。教会。罠だと直感した。
「僕たちも、抵抗したんだ。でも、力じゃ敵わなくて……」
視線を落とし、唇を噛みしめる子供。
「……ロン、お姉ちゃんの名刺を忘れてて……。帰ってきたロンが、全部聞いて……飛び出していった……」
ラファの喉がきゅっと締め付けられる。
「……僕たち…助けを呼ぶあてが無くて……それで……ラファ姉ちゃんに会いに来たんだ……」
言葉を聞き終えた瞬間、ラファは立ち上がった。
「大丈夫……必ず助ける。待ってて」
その瞳には、強い決意が宿っていた。
病室を出て廊下に出ると、すぐ近くの壁に二人の影が映っていた。
「この時間から教会なんて、信心深いねー。」
壁にもたれかかりながら、シーがにやりと笑う。
「聞いてたの?」
ラファが呆れたように問いかけると、シーは肩をすくめて悪びれもせずに返した。
「だって気になるじゃん? ラファが慌てて走ってくんだもん。」
その隣では、ミーシャが腕を組んで頷いていた。
「ま、どうせ放っておけないんだろ。行くなら付き合うぜ。お礼はプリンでいいからな。」
そう言って、ラファの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「ちょ、ミーシャ! 髪が乱れる!」
必死に整えようとするラファを見て、ミーシャは笑った。
「……ありがとう、二人とも。」
照れくさそうに、でもしっかりとお礼を言うラファ。
「じゃあ、愛車を持ってくるわ!」
シーはウキウキとした様子で廊下を駆けて行った。
その後ろ姿を見送りながら、ミーシャが溜め息をつく。
「あいつの愛車、正直苦手なんだよな。物が多すぎて、乗り心地最悪だし。」
「あー、わかる……。」
ラファも思い出していた。シーの愛車はまるで女子部屋のように散らかっていて、クッションやぬいぐるみ、雑誌が至る所に積まれている。
「でも、あの車じゃなきゃ間に合わないかもね。」
ミーシャは苦笑いを浮かべ、ラファの肩を軽く叩いた。