43、思い出のプリン
ラファは街での用事を終え、警備部の宿舎に戻った。玄関をくぐると、のんびりソファに横になっているシーが目に入る。
「おかえり、ラファ。お母さんのお使いは無事に済んだ〜?」
シーが目を細めて声をかける。
「うん、ついでにこれも買ってきたよ。」
ラファは小さな袋からプリンを取り出し、
シーの前に差し出した。
「おー、これはいいね!
さすがラファ、センスある!」
とシーが袋を開けようとした、その瞬間。
「それ、もらう。」低く落ち着いた声が横から聞こえた。
振り返ると、いつの間にか背後に立っていたミーシャが、シーの手からプリンをスッと奪い取った。
「えっ、えぇ!?ミーシャが甘い物に食いつくなんて!」
シーが驚きつつ抗議の目を向けるが、ミーシャは無表情のままプリンの容器をじっと見つめている。
「甘い物を食べると、頭が回るからな。」
そう言いながら冷静にスプーンを取り出し、プリンをひと口味わった。
「……ふむ。悪くない。シーもう一個もらうぞ」
その真剣な態度に、ラファとシーは思わず顔を見合わせ、苦笑した。
「まさかのミーシャが一プリン好きだったとはね。」
ラファが笑いながらつぶやくと、
シーは肩をすくめて言った。
「なんか、わたしの分たべてる……。」
ケンカしているシーとミーシャを横目に
ラファはプリンをもうひとつ袋に詰めると、入院している母、アンジェの元へ向かった。
病室に入ると、アンジェはベッドの上で微笑みながらラファを迎えた。
「お母さん、頼まれてた物、買ってきたよ!」
ラファは軽い足取りで袋を手渡すと、アンジェは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう、ラファちゃん。……これ、アルも好きだったのよ。」
アンジェは袋から取り出したプリンをそっと父の写真の前に置いた。写真には、穏やかに笑うラファの父、アルの姿が写っている。
「そっか、お父さん、今日だったっけ……。」
ラファは少し申し訳なさそうに呟いた。
アンジェは眉を少ししかめてむすっとした表情を見せた。
年齢の割に幼い顔立ちのせいか若く見え
娘のラファですら可愛い母親だと思った。
「ラファちゃん、忙しいからって、
お父さんのこと忘れたら悲しいよ。」
「忘れてないよ、お母さん。ただ……最近いろいろあって……。」
ラファは頭をかきながら答えるが、アンジェはそんなラファの言葉に、少し柔らかい笑みを浮かべて言った。
「いいのよ。でも、アルがいたから私たちがいるって、時々思い出してくれれば、それで充分。」
ラファはその言葉を聞いて静かにうなずき、父の写真に視線を向けた。
「……お父さん、そっちでちゃんと見ててよね。私、もっと頑張るから。」
アンジェは優しい目でラファを見つめながら、「ええ、きっと見守ってくれているわ」と静かに答えた。
ラファがベッド脇の椅子に腰掛けると、アンジェは微笑みながら昔話を始めた。
「でもね、こうやって3人でプリンを囲んでいた頃を思い出すのよ。」
アンジェは遠くを見るような目で語り始める。
「あなたが幼い頃、アルが自分の分のプリンを食べちゃったことがあったの。そしたら、ラファちゃんが『足りないの?』って聞いてね、食べかけのプリンをアルに渡してたのよ。」
ラファはその話に驚いて目を丸くする。「私、そんなことしてたんだ?」
「そう。それからね、アルは、ラファちゃんがプリンを食べきるまでは、わざとゆっくりプリンを食べるようにしてたのよ。」
アンジェは懐かしそうに微笑んだ。
「お父さんらしいね……」とラファは苦笑しながら答えるが、その表情はどこか切なさも含んでいた。
アンジェの顔がふと曇り、少し寂しそうに微笑む。
「……でも、ラファちゃんにお父さんのことをもっと話しておけばよかったわ。きっと覚えていないんでしょう?」
ラファは一瞬、視線を泳がせたあと、申し訳なさそうに目を伏せて小さな声で謝る。「……ごめんね。」
アンジェはラファの手をそっと握り、優しい声で言った。「いいのよ。事故に巻き込まれたのはあなたのせいじゃないもの。」
ラファはその言葉に胸が締め付けられるような気持ちになる。
幼い頃、この街で起きたテロ行為に巻き込まれた記憶は、ラファの中でほとんど欠けていた。その日が原因で父を失い、さらにショックで幼少期の記憶のほとんどが失われたことは、アンジェもラファ自身も受け入れるしかなかった。
「でも、ラファちゃんがこうして元気でいてくれるだけで、私は嬉しいのよ。」
アンジェのその言葉にラファは小さくうなずき、そっと父の写真に目を向けた。
ラファはふと思い出したように、「そういえばさ、昼間にちょっと面白いことがあったんだよね。」と口を開いた。
アンジェは微笑んで、「何があったの?」と身を乗り出すように聞く。
ラファは今日のひったくり犯との追いかけっこの話を、少し誇らしげに語った。
「その子、ロンっていうんだけどさ。逃げ足が速くてびっくりしたよ。でも、なんとか名刺を渡して、明日もう一度話をすることになったんだ。」
「まあ、それはすごいわね!」とアンジェは楽しそうに笑う。「ラファちゃん、昔から追いかけっこが大好きだったもんね。よくお父さんと遊んでたのを思い出すわ。」
その言葉にラファも笑みを浮かべ、「そうだったんだ。なんかそういうの、あんまり覚えてないけどね。」と言いながら、プリンを一口食べる。
二人でゆっくりとプリンを食べ進め、短いひとときを共有する時間はあっという間に過ぎていった。
「そろそろ帰るね、お母さん。」とラファが立ち上がると、アンジェは少し心配そうな顔をして、
「ラファちゃん、危ないことはしないでね。」と優しく声をかけた。
「大丈夫だよ、私、ちゃんと鍛えてるから!」とラファは胸を張り、腕を軽く振って筋肉をアピールしてみせる。
アンジェはその様子にくすっと笑いながら、「本当に無理しちゃだめよ。」ともう一度念を押した。
ラファは「わかってるよ!」と言い、笑顔で手を振りながら病室を後にした。