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42、路地裏の追いかけっこ

シーの運転する車は、軽快なエンジン音を響かせながら街へ向かって走っていた。助手席に座るラファは、窓の外に広がる景色を眺めながら、時折微笑む。


車内は心地よい沈黙と、シーの軽快な声で織り成す穏やかな空間だった。

「でさ、その猫、結局自分で出てきたんだよねー!」

シーが話していたのは、どうでもいいような日常の一コマ。しかし、その明るい声に、ラファはつい引き込まれてしまう。


「ふふ、面白いですね。」

ラファが笑うと、シーは満足げにハンドルを軽く回しながら言った。

「でさ、ラファ。帰りも迎えに来ようか?」


ラファは少し迷ったが、すぐに首を横に振る。

「いえ、大丈夫です。なんだかタクシーみたいに使っちゃうのは気が引けるし……それに、帰りがいつになるかわからないですから。」


「そっか。まあ、困ったらいつでも連絡してよ。」

シーは笑いながらアクセルを少し緩めた。


「ありがとうございます。」

ラファは丁寧に頭を下げ、車内に流れるラジオの音が一瞬だけ二人の間を埋めた。


やがて車はメインストリートに差しかかる。賑わい始めた街の景色が窓の外を流れていく中、ラファが声を掛ける。

「ここら辺でいいですよ。」


シーは軽くウインカーを出して路肩に車を寄せた。

「よし、着いた!じゃあね、ラファ。またな!」


「はい、シーさんもお気をつけて!」

ラファは車を降り、振り返って手を振った。シーも車窓から手を振り返し、軽くクラクションを鳴らして車を発進させる。


街の雑踏に混ざりながら、ラファは深呼吸を一つし目的地へと歩き始めた。


買い物袋を手に、街を歩いていたラファ。賑やかなメインストリートから少し外れた静かな通りで、突然、悲鳴が聞こえた。


「きゃあっ!」


瞬時に方向を確認し、ラファは駆け出した。


「ひったくりだ!」

周囲の人々の声で状況がすぐに理解できた。


バッグを抱えて怯える女性の姿を見つけると、ラファは素早く声をかけた。

「私に任せてください!」


女性の返事を待たずに、ラファはすぐさまひったくり犯を追い始める。逃げる犯人の姿を目で捉えると、それがまだ少年だということが分かった。痩せた体、乱れた服、そして振り返った時に見えた孤独そうな表情――おそらく孤児だろう。


それでも、彼のしたことは許されない。

「待ちなさい!」

訓練で鍛えた足が力強く地面を蹴る。距離はどんどん縮まり、ついに手が少年の襟に届こうとした、その時だった。


――少年が突然、あり得ない速度で加速した。


「何!?」

ラファの手は虚しく空を掴む。少年はまるで風のように走り去り、あっという間に距離を広げていった。


しかし、ラファはすぐに冷静さを取り戻す。

「こっちだって――!」

目を閉じ、一瞬だけ集中する。次の瞬間、彼女の身体は軽やかに、風を切るように加速した。


少年との距離は急速に縮まる。少年が振り返り、驚いた声を上げた。

「お姉ちゃんも能力者なんだ!」


少年の驚きに満ちた顔に、ラファは真剣な表情で応える。

「それが分かるなら、大人しく捕まりなさい!」


風を切る音が二人の間に響き、追走劇はさらに激しさを増していく。


少年の動きは、驚くほど滑らかだった。狭い路地裏に散乱したゴミ箱や段差、雑多に積み上げられた障害物をまるで水が流れるように軽やかにすり抜けていく。


一方で、ラファの動きは鋭い。点と点を一瞬で結ぶように加速し、一気に距離を詰める。しかし、その急激な動きのため、動きの間にわずかな「間」が生じる。


少年は振り返りながら、その様子を見ていた。目には余裕の笑みが浮かんでいる。

「へぇ、加速系か。でも、お姉ちゃん――」


そう言いながら、少年は突然進路を変え、メインストリートへと飛び出した。


「待ちなさい!」

ラファもすぐに追いかけるが、メインストリートには多くの人が行き交い、混雑していた。


少年はそんな人混みの中でも能力を駆使して、流れるように動き続ける。肩をすぼめたり、隙間を縫うようにして進んでいくその姿は、人々にぶつかることなく、まるで風そのもののようだ。


ラファはその後を追おうとするが、彼女の能力では繊細な動きが難しい。加速すれば人にぶつかってしまい、追跡どころではなくなる。


「くっ……!」

立ち止まり、人混みの中を必死に少年を目で追いかけるラファ。しかし、彼の滑らかな動きは次第に見えなくなり、やがて完全に人混みに紛れてしまった。


その時、不意にラファの耳に声が届いた。


「またね、お姉ちゃん。」


振り返ると、少年が少し離れた場所でこちらを見ていた。いたずらっぽい笑顔を浮かべると、軽く手を振り、すぐに人々の間に消えていく。


「待ちなさい……!」

声を張り上げるラファだったが、少年の姿はもうどこにも見えない。


彼の残した余韻だけが、ラファの心にくすぶるように残っていた。

ラファは肩を落としながら、ひったくられた女性の元へ戻った。


「ごめんなさい……取り返せませんでした。」

申し訳なさそうに謝るラファに、女性は穏やかに微笑む。

「いいのよ、気にしないで。盗まれたのも買った食べ物だけだから、大したことないわ。」


ラファは少しだけ安堵し、女性と別れた後、気持ちを切り替えるようにシーへのお礼として甘いものを探し始めた。


「シーさん、チョコレートが好きだったよね……」

おしゃれな店先でいくつか商品を物色していると、視界の隅に見覚えのある少年の姿が映る。


「またあの子……!」


ラファはこっそりと少年の後を追い始めた。少年は細い路地を進み、やがて小さな空き地にたどり着く。そこには痩せた孤児たちが数人集まっており、少年が先ほど盗んだ食べ物を一つ一つ分け与えていた。


「……やっぱり。」


ラファは静かに息をつき、わざと敵意のない声で呼びかける。

「おーい!」


突然の声に孤児たちはギョッとしてこちらを振り返る。少年も驚いた表情を見せたが、すぐに睨みつけるような目つきに変わる。

「さっきの姉ちゃんか……!」


ラファは一歩近づきながら問いかけた。

「ねえ、もしかしてその子たちのために、ひったくりなんてしているの?」


少年は一瞬躊躇するような表情を見せたが、すぐに憤ったように言い返す。

「うるさいな! 他にどうやって生活すりゃいいんだよ! 家もない孤児なんて、誰も雇っちゃくれねえんだよ!」


その言葉に、ラファはかすかに眉をひそめた。少年の声には怒りと悲しみが混じっている。


「だからって……」とラファが言いかけたところで、孤児の一人が少年の服を掴み、怯えた声で囁く。

「ねえ、大丈夫なの? このお姉ちゃん、僕たちを捕まえたりしないよね……?」


少年はラファを睨みつけたまま、背中で孤児たちを庇うように一歩前に出た。

「何が言いたいんだよ、姉ちゃん。あんたも俺たちを邪魔しに来たのか?」


ラファは少年の言葉を聞きながら、一瞬だけ目を閉じて深く息を吸った。


「まともな住む家と仕事があれば、こんなことやめるの?」


ラファの問いに、少年は一瞬ムッとした顔をしてから、声を荒げた。

「あったりまえだろ! こっちだって好きでこんな暮らししてねえんだよ!」


ラファはその言葉を静かに受け止め、ポケットから少量のお金と自分の名刺を取り出すと、少年に向かって手を差し出した。

「私はラファ。明日ここに来なさい。」


少年は一瞬だけその手を見つめ、目を細めた。

「……なんだよ、何企んでんだ?」


「別に何も。あなたたちにチャンスをあげたいだけ。」ラファは真っ直ぐな瞳で少年を見つめる。


その視線に押されるように、少年は少しだけ警戒を解き、ぶっきらぼうに言った。

「……ロンだ。」


「ロン、ね。」ラファは優しく微笑む。「明日、待ってるから。」


少年は名刺とお金を握りしめ、少し迷うような顔をしながらも黙ってうなずいた。

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