04、安アパートのチェーンって不安要素
ラファが少年をトイレに案内した後、静まり返った部屋の中で、突然インターホンの音が鳴り響いた。彼女は少し驚きつつも、玄関に向かい、ドアスコープから外を覗いた。
そこには、黒ずくめのライダースーツに身を包んだ男が立っていた。フルフェイスのヘルメットに覆われて顔は見えないが、ドア越しに聞こえてくる声は妙に親しみを感じさせるものだった。
「なあ、お嬢ちゃん。すまないけど、ここら辺で10歳くらいの少年を見かけなかったかい?ある個人の息子さんが家出してしまってね。その子の部屋から、この住所が書かれたリストを見つけたんだよ。」
ラファは一瞬戸惑ったが、すぐに冷静さを取り戻し、チェーンをかけたままそっとドアを開けた。目の前に現れたライダースーツの男は、がっしりとした体格ながら、どこか柔らかな雰囲気を醸し出している。
「ごめんなさい、今帰ってきたばかりで誰も来てないわ。」
ラファは自分の配達の制服姿をアピールするように軽く身を正した。
男はそれを見て、肩の力を少し抜いたように見えた。「ああ、すまなかったね。仕事から帰ってきたばかりだったんだな。」
彼はそう言うと、ポケットから名刺を取り出し、チェーン越しに手渡してきた。
「もしその子が訪ねてくるようなことがあったら、ここに連絡してくれると助かる。」
ラファは少し躊躇いながらも名刺を受け取り、その内容をさっと目で追った。有名な医療機関の名前が印字されているのが見え、一瞬彼女の心に疑念が浮かんだ。
「じゃあ、ゆっくりしたいところ邪魔して悪かったね。」
男は軽く手を振り、バイクにまたがると颯爽と去っていった。
その姿が見えなくなるのを確認したラファは、大きく息を吐き、玄関のドアを静かに閉めた。そして、そのまま一瞬立ち尽くした後、トイレの方に視線を向けた。すると、ゆっくりとトイレのドアが開き、少年が姿を現した。
「すまない、ありがとう……助かったよ。」
彼は申し訳なさそうに俯きながら言葉を続けた。
「僕は……家族に追われているんだ。」
ラファは驚きながらも、言葉を飲み込んだ。彼の声には深い疲れと悲しみが混じっていて、軽々しく聞き返すことができなかった。
「……家族に?」
やっとの思いでそれだけを問いかけると、少年は小さく頷いた。
「僕が抱えている研究が……どうしても彼らには必要みたいなんだ。でも、それを渡せば、多分僕は――」
彼はそこで言葉を切り、眉間に皺を寄せて何かを堪えるようにした。
ラファはそんな彼の姿を見て、先ほど玄関で感じた不安が再び胸に広がるのを感じた。しかし、それ以上に、彼を守りたいという思いが芽生えていることに気づいた。
「……とりあえず、部屋に戻って話を聞かせてくれる?私に何ができるかわからないけど、あなたを放っておくわけにはいかない気がするの。」
その言葉に、少年は驚いたようにラファを見つめたが、次の瞬間にはほっとしたような笑みを浮かべた。
「ありがとう。君は、ちょっと変わった人だね。」
彼は静かにそう言って、ラファの後をついて部屋に戻った。