39、銃撃と蹴撃
船内の奥深くへ進むアモン一行。その行く手を阻むように現れる敵を、チェイサーが次々と無力化していく。
「チェイサーさん、張り切ってますねー。」
シーが軽い調子で声をかける。
チェイサーは短く「うるせぇ」とだけ返し、敵の動きを読んで瞬時に懐へ飛び込むと、急所を正確に突いて眠らせる。彼の動きは無駄がなく、一撃で仕留める効率的な技術にシーも感心せざるを得なかった。
「これが一番早ぇんだよ。」チェイサーは振り返らずに言葉を続ける。
「はいはい、プロフェッショナルですねー。」シーは小さく笑いながらも、しっかりと後方の敵への対応に取り掛かる。
後続から迫る気配を察知すると、シーは素早く腰のポーチからワイヤーを取り出し、狭い通路に手際よく張り巡らせる。バリケードを簡易的に構築し、追撃を遅らせる工夫だ。
「こんな感じで十分でしょ。さすがにこれくらい引っかかるでしょ?」
シーの手際を横目に見たチェイサーが、肩越しに短く言った。「余計な気配立てんなよ。アモン坊ちゃんに怒られるぞ。」
「大丈夫、大丈夫。私、仕事はきっちりするタイプだから!」
その言葉に、チェイサーは軽く鼻で笑ったものの、すぐにまた前方へと集中を戻す。そして、3人はさらに奥へと足を進めていった。
3人が船内の出口を抜けて甲板に出ると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
空中に高く放り出されるレックの姿。鋭い蹴りを浴びたかのように大きく弧を描き、その瞬間を追うように発射されたロケット弾が、彼を正確に捉えた。
**ドンッ!**という轟音とともに爆発が起こり、レックの体は吹き飛ばされ、そのまま海へと叩きつけられるように落ちていく。
「レック!」アモンが叫ぶ。
「何だよこれ……!」チェイサーは驚きに声を震わせ、すぐに周囲を警戒するように目を走らせた。
「ちょっと、レックさん、あれ大丈夫なの!?」シーも動揺を隠せない。
アモンは即座に状況を分析し、声を荒げずに指示を出した。「シー、レックの位置をドローンで確認しろ。チェイサー、上空を監視してくれ。まだ攻撃が来るかもしれない。」
言葉を聞いたシーは手元の端末を操作し、アモンのナイフ型ドローンを操縦して海面を捜索し始める。その一方で、チェイサーは警戒を怠らず、今にも襲ってきそうな新たな敵の気配を探っていた。
「やっほー、こんばんは、ライトボーンのみなさん!」
甲板に響き渡る明るい声。その主は、空気を読まない陽気さでお馴染みのハクだった。
シーが呆れたように声を漏らす。「……なにあのテンション。ここでその挨拶いる?」
「こんな時間にいらっしゃるなんて、本当に失礼じゃないかしら。」
ネビアが小声でため息をつきながら、皮肉っぽくつぶやく。しかし、その瞳は冷静にハクの動きを追っている。
だが、ハクの登場に気を取られる暇はない。
「来るぞ!」アモンが短く警告を発する。
一瞬で緊張が走り、アモン、チェイサー、そしてシーの3人は即座に戦闘体制に移った。それぞれの得意分野で状況を分析し、最善の行動を選ぶために集中する。
チェイサーはすでに腰に手をかけ、次の瞬間には敵の急所を狙うべく前へ飛び出す準備を整えている。
シーは懐からワイヤーツールを取り出し、すぐに障害物や防御壁を構築できるよう待機する。
そしてアモンは、冷静な眼差しで周囲の全てを把握しながら、手元の端末でドローンを操縦し、先手を取れる位置を確保している。
「……何が目的だ。」
アモンの声にはいつも以上に鋭さが増していた。その問いかけにも、ハクはどこ吹く風といった表情で軽く手を振るだけだ。
「目的? そんなの決まってるじゃないか、アモン坊ちゃん。」
ハクの笑みは無邪気で、しかしその裏に隠されたものが何かを誰もが感じ取っていた。
ネビアが冷静にその場を見つめ、静かに呟いた。「ハクが笑っているときが一番危険なのよね……。」
ハクは楽しそうに笑いながら、手にしたサブマシンガンを乱射していた。銃弾が甲板のあちこちに飛び散り、金属音が響き渡る。
「撃つの楽しすぎー! やっぱりこれだよね!」
声に弾む調子を隠そうともせず、ハクはまるで遊び感覚のように弾丸をばら撒き続ける。
「くそっ!」シーは反射的に周囲を見回し、近くにあったコンテナを発見すると、素早くワイヤーツールを取り出して操作。重たいコンテナを引っ張り寄せてバリケードを作り上げた。
「これで少しはマシ!」シーが叫びながら身を低くして隠れる。
一方、アモンはハクの銃撃を冷静に見極めながら、華麗なステップで弾丸の軌道をかわしていく。その動きには余裕さえ感じられ、最後には物陰に滑り込むようにして隠れた。
「まったく……。」アモンは低くつぶやきながら、次の一手を考え始める。
一方、チェイサーはすでに動いていた。彼の能力を駆使して敵の懐に瞬時に入り込む。しかし、その刹那――
「見えてるわよ。」
ふいにネビアの声が背後から響く。次の瞬間、チェイサーの身体に重い衝撃が走った。
「ぐっ!」チェイサーは防御する間もなく、ネビアの回し蹴りをまともに喰らい、吹き飛ばされる。
「はぁ、全然懲りないわね、あなたたち。」ネビアはため息をつきながらも、冷静な動きで次の攻撃の準備を整えている。
「チェイサー、大丈夫?」シーが叫ぶが、チェイサーは咳き込みながらも手を振り返して見せる。「……まだやれる。」
甲板の上では混沌とした戦闘が繰り広げられ、ハクの無邪気な笑い声が響き続けていた。
アモンのナイフ型ドローンが一斉にハクの死角を狙い、鋭い速度で突撃していく。
「よし、今だ……!」アモンは物陰から静かに様子を見守りながらつぶやいた。
だが、その瞬間、ハクは軽やかに体をひねり、直感的な動きでドローンの刃先をかわす。
「おっと危ない危ない!」ハクは楽しげな声を上げ、迫り来るドローンの1台を素手で払い落とすと、すかさず銃を抜いて次々と撃ち落としていく。
「なんよ、その動き……!」シーが驚き混じりに叫ぶ。
「簡単じゃん、こいつらの動き、丸わかりだし!」ハクは余裕たっぷりの笑みを浮かべ、最後の1台も蹴り飛ばして地面に叩きつけた。
物陰からその様子を見ていたアモンは、悔しそうに眉間にしわを寄せる。
「……バケモノか。」
ドローンが無惨に破壊され、煙を上げながら転がっていくのを見つめるアモン。だが、冷静さを取り戻すと、次の策を思案し始める。
「まだ終わってない。仕掛け続けるぞ。」静かな声に決意が込められていた。
一方、ハクは肩をすくめながらも、敵の次の動きを見定めようと警戒を続けている。その瞳には相変わらずの無邪気さが光りながらも、鋭さを失っていなかった。
チェイサーは膝をついた状態から素早く起き上がるが、ネビアの勢いは全く衰えない。
「もらった!」ネビアは華麗に跳躍し、高く振り上げた脚で踵落としを放つ。
チェイサーはその動きをギリギリで察知し、身体を横に捻ってかわそうとするが、ネビアの動きは予想以上に早い。鋭い踵がかすめるようにチェイサーの肩を捉え、その衝撃で一瞬バランスを崩してしまう。
「ちっ、厄介だな……!」チェイサーは軽く舌打ちしながら立て直そうとするが、ネビアは次の一手をすでに繰り出していた。
低い体勢から横蹴り、さらには膝蹴りと、蹴り技を主体とした猛攻がチェイサーに押し寄せる。どの一撃も的確で、チェイサーの防御を次第に削っていく。
「ちょこまかと……!」チェイサーは苛立ちながらも冷静さを失わず、隙を探しつつ防御を固める。しかし、ネビアの小柄な体格と軽快な動きは、チェイサーの攻撃をことごとくかわし、反撃の糸口を与えない。
「どうしたの? それでもアモン様の護衛かしら?」ネビアは軽口を叩きながらも、目は鋭く、まったく隙を見せない。
「言ってくれるな……!」チェイサーは歯を食いしばりながら、次の攻撃のタイミングを見計らっていた。
周囲に響く激しい戦闘音の中、チェイサーはネビアの小回りの利いた動きに翻弄されつつも、反撃の機会をうかがい続けている。その背中からは、次第にじりじりと追い詰められている様子が伝わってきた。
チェイサーはネビアの猛攻をかわしつつ、物陰に隠れているシーに向かって声を張り上げた。
「おーい、シー! こいつの世話で手一杯だ! そっちはお前がなんとかしとけ!」
シーは物陰から顔を出し、大袈裟な声を上げる。
「えええええー! 押し付けるの!? 無理無理、私だって忙しいんだけど!」
チェイサーは軽く舌打ちしながら、再び迫るネビアの攻撃を紙一重でかわしつつ言い返す。
「文句言ってる暇があったら動け! それに、アモン坊ちゃんのこと頼んだぞ、シー! もしこの仕事が片付いたら、坊ちゃんにひとつお前の頼み事を聞いてもらえるように言ってやるからさ!」
その一言にシーの目が輝いた。
「マジですか!? アモン君?」
突然振られたアモンは、物陰でドローン操作を続けながらため息をつきつつ返事をする。
「……わかった、聞くよ。シーの頼み事、ひとつだけな。」
シーは満面の笑みを浮かべ、大げさに拳を突き上げた。
「やったー! さっすがアモン君! さあ、頑張っちゃおうかなー!」
その様子にチェイサーは呆れつつも、軽く笑みを浮かべた。
「まったく、単純で助かるぜ……」
しかし、次の瞬間、ネビアの鋭い蹴りが彼の防御を揺るがし、戦場の緊張感が再び高まるのだった。