38、作戦決行
アモンが機内で作戦の概要を説明する声が響く。
「今回の作戦だが、空中からの強襲は私とシーが担当する。チェイサーとレックは先見部隊として地上から動いてもらう。」
シンプルだが的確な指示だった。アモンの冷静な声が、揺れるヘリの中でもしっかりと全員の耳に届く。
「それからもう一つ。人はなるべく殺すな。無力化でいい。」
その言葉に、シーが振り返り、にやりと笑う。「さっすがアモン君。お医者さんは命の大事さがわかってるねー。」
アモンは淡々とした口調で答える。「ああ。もし敵がうちの病院に来たら、治療費は安くしてやろう。」
その言葉に、チェイサーがすかさず突っ込んだ。「まあな、加害者が俺たちだしな。」
軽い冗談のようなやり取りが続く中、レックは無言で肩をすくめた。何も言わないが、その仕草から「しょうがないな」とでも言いたげな空気が漂う。
機内には緊張感と、それを和らげるような軽妙なやり取りが混ざり合っていた。まるでこれが彼らにとって日常のような、そんな不思議な空気感だった。
チェイサーがヘリの開いたドアに足を掛けると、軽く振り返りながら手をひらひらと振った。「叔父さんたち、先行くからなー。」
そのままレックと共に、ためらう様子もなくヘリから飛び降りた。
高度を落としているとはいえ、地上までの距離はざっと20~30メートルはある。常人ならばためらうところだが、彼らにとっては日常茶飯事のようだ。
「やっと二人きりだね。」シーが隣で軽口をたたく。
だがアモンはそれに反応せず、冷静な声で言った。「冗談を言っている暇はないぞ。私たちも行く。」
「冗談じゃないのに……」シーは不満げに口を尖らせたが、それ以上何も言わなかった。
ふいに、チェイサーたちが降りて10分もしないうちに、銃声が聞こえてきた。続いて、暗闇の中で激しい閃光が散る。それは上空からもはっきりと見て取れた。
「そろそろ出番だね。」シーが静かに言う。
アモンは短く指示を出した。「パイロット、予定の時間までポイントで待機していてくれ。」
それだけ言うと、彼はためらうことなくヘリから飛び降りた。
「はやっ!」シーは慌てて叫び、すぐにアモンを追うように身を投じた。
二人は空中で降下していく中、船のシルエットをはっきりと視界に捉えた。それを目指しながら、姿勢を整え、速度を落としていく。
夜風が耳元を切り裂く音だけが響く中、二人の緊張感が空気に混ざっていた。
先見部隊の二人――チェイサーとレックは、既に甲板で敵との交戦に入っていた。もっとも、「交戦」というよりも、彼らの能力を駆使した一方的な制圧に近かった。
チェイサーは敵の弾丸を見切り、信じられない速度で瞬時に敵の懐へと入り込む。そして急所へ正確な一撃を放ち、相手を昏倒させていく。その動きは流れるようで、まるで一瞬のうちに何人もの敵を無力化していくかのようだった。
一方のレックは、飛び交う弾丸の雨をものともせず、静かに敵に近づいていく。そして、相手を抵抗する間もなく締め落とす。無駄な動きひとつなく、その冷静さには不気味ささえ漂っていた。
上空からそれを眺めていたシーはぽつりとつぶやく。「……これ、私たちいらない系じゃない?」
その声に気づいたのか、チェイサーが振り返りながら軽く手を振る。「シー、そいつら倒れてるやつら、適当に縛っとけよ。」
「適当ってなによ。」シーが少し不満げに返す。
チェイサーは敵を避けながらさらりと続けた。「そこの角にも5人くらい倒れてるから。まとめてお願いなー。」
「雑用係か私は。」シーはため息をつきながら、アモンにちらりと視線を送る。アモンは黙ってその様子を見守りながら、船内への進入経路を見定めているようだった。
「はいはい、縛ればいいんでしょ。」結局シーは肩をすくめ、甲板に散らばる無力化された敵たちの処理に取りかかった。
アモンは静かに状況を整理し、レックに向き直った。
「レックさん、敵のヘリコプターが上空に見えました。退路を断つ必要があります。そちらの対応をお願いしてもいいですか?」
レックは無言で頷くと、ゆっくりとその場を離れて歩き出す。弾丸の雨をものともせず、彼の背中には揺るぎない自信が漂っていた。
アモンはその背中を一瞥し、今度はシーとチェイサーに向き直った。「シー、チェイサー。君たちは僕と一緒に船内だ。」
そう言うと、アモンは手に持っていたアタッシュケースを開いた。その中には、5~6センチほどのナイフのような形状をした無数の小型ドローンがぎっしりと詰まっていた。
「これで船内を監視する。」
そう言った途端、ドローンは一斉に羽ばたくようにケースから飛び散り、船内へと吸い込まれていく。その様子は、まるで鋭利な刃が意思を持って動いているようで、どこか不気味さすら感じさせた。
チェイサーはその光景を見て口元を緩める。「アモン坊ちゃん、医者辞めて傭兵に転職した方が似合ってるんじゃないですか?」
アモンは冷静なまま肩をすくめる。「医者でいる限り、僕は命を奪わないで済む選択肢を探せる。傭兵じゃそれはできないだろう?」
その言葉にチェイサーは苦笑しながら、「まあ、それもそうですね」と短く返した。
一行は緊張感を保ちつつも、一歩ずつ船内へと足を踏み入れていく。ドローンの映像がアモンの端末に次々と送られ、複雑な船内の構造と敵の配置が徐々に明らかになっていった。
「捉えた。」
アモンが低く呟いた瞬間、彼は一気に船内へ向かって駆け出した。迷うことなく狭く入り組んだ迷路のような通路を進む彼の後ろを、シーとチェイサーが追いかける。
「よくわかるね、これだけ複雑なのに。」シーが息を切らしながら言う。
アモンは振り返ることなく答える。「ドローンが全ての道をスキャンしている。進むべき道も敵の配置も、もう頭に入っている。」
駆けながら、アモンは簡潔に説明を続けた。「シオン以外にも複数の敵影が確認された。奴らは別の出口からヘリポートに向かっている。」
「それってレックさんが向かったほう?」とチェイサー。
アモンはすぐに通信を開き、短く指示を送った。「レック、配置にはついているか?」
返答はない。
「……喋れよ!」チェイサーが眉をひそめ、通信に向かって突っ込んだ。
「気にするな。彼のやり方だ。」アモンは冷静に言い切ると、さらに速度を上げた。
船内の奥へと進むにつれ、銃声や怒号が微かに聞こえ始める。アモンは端末を操作し、ドローンが映し出す映像を確認しながら走り続ける。
「急げ、ここからが本番だ。」
その声に、シーとチェイサーも気を引き締め、彼の背中を追った。