34、警備部ってどんなとこ
最後のエリアに到着した。ここは統括エリアと呼ばれ、警備部やアモンのオフィスがあり、ライトボーン病院全体の運営を支える要のような場所だった。
「いらっしゃーい!」
シーは両手を大きく広げて出迎える。その姿は、まるで女友達を自分の家に招いた時のように親しみやすいものだった。
ラファはシーから「警備部は人が少ない」と聞いていたので、小規模な部署を想像していた。しかし、いざ目の当たりにすると、そこには意外と多くの人の姿があり、制服の色でしっかりと分かれていることがわかった。
職員たちは黒とグレーを基調とした制服を着ており、効率よく仕事をこなしている様子がうかがえる。一方、シーと同じ制服の姿はあまり見当たらない。
「シーさん、人が少ないって……」
「んー? あ、それね、能力者の方が少ないって話。」
さらりと答えるシーに、ラファは少し納得した。ここで働く能力者は少数精鋭なのだろう。
「さてと、どこから案内しようかなー。」
シーは首を傾げながら軽く考え込む仕草を見せる。そして、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
「まずは警備部のデスクから見に行こう!」
そう言って、先頭に立って歩き出した。明るい彼女の声に引っ張られるように、ラファはその後をついていく。
デスクへ向かう途中、ラファは視界の端に何かを見覚えた。顔ではない――正確には、ヘルメットだった。
「おや、嬢ちゃんか。」
整備用の道具を手にして、愛車のバイクをいじっているのはチェイサーだった。彼はヘルメット越しにラファを一瞥しながら、軽い口調で続ける。
「シーに捕まっちまったのか?」
まるで鬼ごっこで遊んでいる子供が、相手をからかうような調子だった。
「初めて会ったときは悪かったな。あの時は殴っちまったが……まあ、こっちも仕事だったんでね。坊ちゃんを捕まえなきゃならなかったからさ。」
その言葉を聞きながら、ラファはこれまでの出来事を思い返した。確かに、この警備部に関わってからというもの、殴られたり、拘束されたり、引っ張られたり――思えば踏んだり蹴ったりの目に遭っている。
「……そういえば。」
心の中でつぶやいたとき、不意に少し悔しさが込み上げてきた。視線をそっとチェイサーに向けるが、彼はそんなラファの気持ちなど露知らず、黙々とバイクを磨いている。その無防備な背中に文句のひとつでも言いたくなったが、今のところ何も言い返せる言葉が見つからない。
シーが横から声をかけた。「チェイサーさん、また悪ふざけしてないでねー。」
「へいへい。」チェイサーは工具を片付けながら、投げやりな声で返事をした。そのやり取りを横目に見つつ、ラファはため息をついて歩みを進めた。
「ねえ、あの人って、いつもヘルメット被ってるんですか?」ラファは小声でシーに尋ねた。
シーは少し考えるように首を傾げ、「たしかにー。素顔って見たことないかも。でも声的にはイケオジっぽくない?」と冗談めかして笑った。
そう言いながら、シーは手を振って「警備部のオフィスはこっちー」とラファを促す。
扉を抜けると、屈強な男たちがデスクに向かい、忙しそうに仕事をしていた。しかし、ラファが入るとすぐに視線が集まり、何人かが陽気に挨拶をしてきた。
「お、新人か!」
「ははは、もっと筋肉つけろよ!奥のトレーニングルームで鍛えてこい!」
彼らは口々に声をかけながら笑っている。みんな陽気で親しみやすい雰囲気で、ラファは少し緊張しながらも、「こんにちは」と控えめに挨拶を返した。
「みんなナイスガイでしょー?」とシーが振り返って微笑む。
奥へ進むと、トレーニングルームや模擬戦ができる修練場が見えてきた。シーは指をさして、「ここでは筋トレも模擬戦もできるよ。まあ、警備部は体力勝負だからねー」と軽い調子で説明を続ける。
ラファは周囲を見回しながら、「本当にいろんな施設があるんですね」と感心したように呟いた。警備部のオフィスは、ただの事務スペースではなく、戦闘訓練や肉体強化までを視野に入れた特別なエリアだと感じさせる場所だった。
修練場に近づくと、床を叩く軽快な足音と、鋭い掛け声が耳に飛び込んできた。ラファが覗き込むと、そこには一人の女性がダミー相手に猛然と拳を繰り出している。
「げー、ミーシャ……」シーが小さく呟いた。
その声に気づいたのか、ミーシャと呼ばれた女性が振り返り、シーを見つけるとニヤリと笑った。
「おい、シー。暇してんならスパーリングしようぜ!」元気いっぱいに声を掛けてくる。
ミーシャが近づいてくると、その姿がさらに鮮明に見えた。しなやかなモデル体型に、筋骨隆々とした肉体美。まさにスポーツウーマンそのものだ。
ラファはその圧倒的な存在感に目を見張り、思わず一歩後ずさる。そんな彼女を見ながら、シーは「いやいや無理無理、今は新人ちゃんの案内中だから!」と慌てて手を振った。
「新人?」ミーシャが目を細めてラファに視線を向ける。
近くでそのやり取りを見ていた他の警備部員がクスクスと笑いながら耳打ちしてきた。「ミーシャはいつもシーにスパーリングを頼むんだ。でも、シーはいつも逃げ回ってるんだよな」
案の定、シーは「うざったいーー!」と叫びながら、逃げるようにミーシャから距離を取る。しかし、ミーシャはその場に立ち止まり、改めてラファをじっくりと見つめた。
「お前、弱そうだな」ミーシャが低い声で言った。
ラファは驚いて目を見開く。
「警備部に入るなら、毎日ここに来いよ。鍛えてやるからさ」
その言葉に周囲の警備部員たちは、思わず顔を見合わせた。どうやらまた始まったな、という表情だ。シーも肩をすくめて、「ほらね、こんな感じなんだよー」と小声でラファに耳打ちした。
ラファは困惑しつつも、ミーシャの迫力に圧倒されて返事をすることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。