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32、一般病棟

次の日の朝。


ラファが目を覚ますと、部屋のドアを軽快にノックする音が響いた。


「アルちゃーん、おはよう!」


ドアが開くと、シーがにこにことした笑顔で顔を出し、片手にはトレイ、もう片手には制服のようなものを抱えていた。


「ほら、朝ごはん持ってきたよー。それと、警備部のIDと女子制服もね!」


シーはベッド脇のテーブルにトレイを置きながら、ラファの方を振り向いて言った。


「私物は返せないからさ、この制服で病院内を動いてねー。今日は私が施設を案内するから、明日からは自由に動いていいよ!」


制服を手渡されたラファは、少し戸惑いながらもそれを受け取った。白と青を基調としたシンプルなデザインの制服だった。


「……ありがとう。」


小さな声でお礼を言い、制服に袖を通すと、シーは満足そうに頷いた。


「似合ってる似合ってる!じゃあ、行こっか!」


廊下に出て、二人で並んで歩き出す。シーが明るく施設の説明をする中、ラファの胸にはどこか申し訳ない気持ちが芽生えていた。シーの親切さが刺さるように感じられたのだ。


そして、ラファは意を決したように口を開いた。


「シーさん、あの……」


「ん? どうしたのー?」


「私、本当はアルじゃないの。ラファっていうの。」


言った瞬間、ラファの顔がほんのり赤くなった。正直に打ち明けたものの、少し怖かった。シーがどんな反応をするのか想像できなかったからだ。


しかし、シーは特に驚く様子もなく、軽い調子で言った。


「知ってるよー。でも最初の自己紹介ではアルちゃんだったからね。今度からはラファちゃんって呼ぶね!」


シーの無邪気な笑顔と明るい声に、ラファは拍子抜けしてしまった。それと同時に、自分の中の緊張が少しだけ解けていくのを感じた。


「……ありがとう。」


ラファは小さな声で呟き、シーの背中を追いながら歩き続けた。


ライトボーン病院は街で一番大きな建物だ。三つのエリアに分かれており、最も目立つのが一般病院エリア。


ここでは毎日、患者や見舞い客が行き交い、救急車が絶え間なく到着している。屋上にはヘリポートも備えられており、この街で最も機能的かつ重要な施設のひとつとして知られていた。


シーに案内されながら、ラファはその賑やかな病院内を歩いていた。受付を抜けて病院の裏側に進むと、そこは一般人が見ることのない領域だった。医者や看護師が忙しそうに動き回る中、シーは顔見知りの職員に気軽に声をかけている。


「この子、新人なんで優しくしてくださいねー!」


シーの冗談混じりの挨拶に、職員たちは苦笑しながらも軽く手を振って応じる。その様子を見て、ラファは自然と口を開いた。


「シーさんって、すごく好かれてるんですね。」


「そうかなー?」とシーは照れくさそうに笑いながら、肩をすくめた。


病棟を回ると、今度は子供たちがシーに駆け寄ってきた。


「遊んで!遊んで!」


元気いっぱいの声に囲まれ、シーは一瞬困ったような顔をしながらも優しく答えた。


「ごめんね、今日は仕事中だから、また今度ね!」


子供たちをなだめながらシーはラファの方を振り向き、少し申し訳なさそうに言った。


「さっきから脱線ばっかりでごめんねー。」


ラファは首を横に振り、小さく笑う。


「いえ、全然。子供たちにも職員の方にも、シーさんってすごく愛されてますね。」


「そうかもねー」と、シーは少し照れたように答えたが、その表情にはまんざらでもない様子があった。


そのとき、ラファの心にある思いが浮かんだ。迷いながらも意を決して、口を開く。


「実は……この病院に母が入院してるんです。少しだけ、顔を見に行ってもいいですか?」


シーは一瞬驚いたようだったが、すぐに明るい笑顔を見せた。


「もちろん、いいよいいよ!行こっかー!」


二人で病室に向かい、ドアをノックして入ると、ラファの母・アンジェがベッドの上でこちらを見た。


「ラファ?その格好、どうしたの?」


制服姿の娘を見たアンジェは驚いた様子だった。


「まさか……宅配の仕事、辞めちゃったの?」


母の言葉にラファは目を伏せ、居心地悪そうに制服の裾を握る。もじもじしている娘の姿を見て、横にいたシーが軽い口調で助け船を出した。


「仮入社ですねー。うちで働くかもしれないんで、お試しって感じです!」


明るく笑ってそう言うシーの言葉に、アンジェは少しだけほっとした表情を見せた。ラファはまだ何も説明できずにいたが、母の顔を見られただけで少し肩の力が抜けるのを感じた。


アンジェは表情にこそ出さなかったものの、内心は複雑な気持ちでいっぱいだった。娘が突然こんな制服を着て現れたのだから、無理もない。


けれど、ラファの目を見て何かを悟ったのか、アンジェは曇った表情をわずかに和らげ、できるだけ明るい声で言った。


「ここの警備部で働いた方が、お給金は良さそうね。それならいいんじゃない?」


母の言葉に、ラファは少しほっとしたような顔をした。その様子を横で見ていたシーが、タイミングを逃さず口を挟む。


「お給金は確かに高いです!でもねー、ちょい残業と出動が不定期で、めっちゃブラックかもー!」


そう言いながら、シーは大げさに泣く真似をしてみせた。それが面白かったのか、アンジェもつられてクスリと笑う。ラファも少しだけ肩の力を抜いて、控えめに微笑んだ。


病室の中は一瞬、穏やかな空気に包まれた。だが、アンジェの笑顔の奥には何か言いたいことがあるような気配も感じられる。それをラファが気づいたのかどうかはわからない。ただ、これ以上長居をして母に心配をかけたくないという思いから、ラファは「また来るね」と小さく言い、病室を出た。


廊下に出ると、シーが軽快な足取りで先を歩きながら振り返る。


「さて!次行こっかー!」


ラファはその背中を追いながら、先ほどの短い会話の余韻を心の中で反芻していた。母の気遣い、シーの軽口。どれも自分を励ますためのものだとわかっていた。それでも、どこか胸が締めつけられるような感覚を覚えていた。


やがて、二人は病院の賑やかな一般病棟をあとにし、次のエリアへと足を進めていった。

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