03、疲れた時でも笑顔
ラファは床に置いた箱を見つめていた。少年は一歩前に出て、微笑みながら礼儀正しく頭を下げた。白衣は少し皺が寄っているが、その姿は整然としていて、まるで特別な使命を帯びた者のようだった。
「こんにちは、お嬢さん。あなたのお父上にお会いしたいのですが。」
その言葉にラファの胸が締め付けられた。父は何年も前に戦争から帰ってこなかった。母が話していたのは、死を知らせる手紙だけだ。
彼女は思わず言葉を詰まらせた。
「お父さんは……もういません。随分前に戦争で死亡くなったんです。」
少年の顔が一瞬、わずかに歪んだ。眉をひそめ、視線を遠くに向けたまま、ほんの小さな声で呟いた。
「プランの練り直し……」
その声はラファには聞こえないほど小さく、まるで心の中でつぶやいたようなものだった。父の記憶は薄いが、彼を頼ってきた人を何もせずに返すのは心苦しい。迷いが一瞬よぎったが、意を決して声をかけた。
「どうして、お父さんに会いたかったんですか?」
少年はゆっくりと息をつき、顔をラファに向けて再び礼儀正しく微笑んだ。声は思ったよりも落ち着いていて、心地よい響きがあった。
「君のお父さまがご健在なら、僕を隣国のアブロの伯父上のところまで護衛して運んで欲しかったんだ。」
父が何か特別な人だったのだろうか。少年の顔には、見えない不安の色が滲んでいるようだった。
「君のお父さんは、不死身のスナイパーと聞いていたのだけど、残念だよ。」
その言葉が胸に重く響いた。ラファは言葉を返せなかった。少年は疲れたような笑みを浮かべ、少し目を伏せた。
「……お手洗いを借りてもいいですか?長く箱の中にいたので。」
ラファは驚きつつも、快く頷いた。彼の顔に見えるのは、ほんのり疲れた笑顔だけだが、その背後には何か深い秘密が隠れているような気がした。
「そこの奥です。」
少年は軽く礼を言って、廊下の先にあるトイレへ向かって歩いた。ラファはじっとその後ろ姿を見送り、心の中で不安を感じた。ふと、彼が困っているのなら自分にできることがあるのではないかと思った。
母親の病気でいつも弱気になっていた自分が、
なぜか力強く感じた。もし父が生きていれば、
きっとこの少年を守るために力を貸しただろう。
ラファはその想いを胸に秘め、ふっと決意を固めた。
「もしかしたら、何か役に立てるかも。」