29、シオンとハク
シオンはヘリコプターの低い振動に身を任せ、通信デバイス越しに叔父の声を聞いていた。
「叔父さん、少し時間がかかったけど、なんとかライトボーンから抜け出すことができたよ。」
通信越しに聞こえるグラルの声は、どこかほっとしたような響きを含んでいた。
「そうか。長い間連絡が取れなかったから、正直かなり心配していた。だが密偵からの報告で、お前が抜け出したことは知っていた。もっとも、その密偵とも今は連絡が取れなくなっている。」
グラルの声が僅かに険しくなる。
「アモンもなかなか頭が切れる。あいつのことは昔から知っているが、ここまで手際よく動くとは思わなかった。だが……お前の才能を妬んで、まさか隔離しようと企むとはな。」
シオンは通信デバイスを握りしめ、口元を引き締めた。
「アモンはただの嫉妬で動いているわけじゃないよ、叔父さん。あいつは計算高い。僕を隔離して、利用しやすい状況を作ろうとしているんだ。」
「ふん、そうだな。お前をその才能ごと支配下に置きたいんだろうさ。」グラルの声はどこか苛立っている。「だが、それも長くは続かん。お前がここまで抜け出してきた以上、あいつの計画にも穴ができる。何より、俺たちがいるからな。」
シオンは短く息を吐いた。
「それにしても、叔父さん……密偵の連絡が途絶えたっていうのが気になる。あいつら、無事だといいけど。」
グラルは黙ったまま、しばらく言葉を選ぶように間を置いた。そして、重々しく言った。
「シオン、お前は自分の身を守ることに集中しろ。密偵のことは俺たちが調べる。今は、次のステップを考える時だ。」
「わかってるよ。ティナを取り戻すためには、僕が生き延びなきゃいけないからね。」
シオンの言葉に、通信越しのグラルは小さく笑ったようだった。
「その通りだ、坊主。まずは安全な場所に向かう。そこから先は俺たちで手を回す。お前は次の準備をしておけ。」
「了解。」
通信が切れると、シオンは窓の外に広がる夜空を見上げた。
ヘリコプターの振動が一定のリズムを刻む中、ハクが振り向いて言った。
「で、連絡はついたのかい?」
その口調は軽く、どこか楽しんでいるようだった。ハクは相変わらずの調子で、隣に座るシオンを暇さえあれば揶揄っていた。今も手を拳銃の形にして、シオンの額に向けると「バーン!」とふざけた仕草を見せる。
シオンは一度、ハクの方へ冷ややかな視線を送った。
「その癖、やめたら?」
軽く注意を促したつもりだったが、ハクは悪びれるどころかニヤリと笑って肩をすくめた。
「おっと、怖い怖い。でもシオン君、これくらいの冗談で怒ってたら、ストレスで死んじゃうよ?」
シオンはため息をつき、窓の外に目を戻した。
「言うだけ無駄だな。」
彼の静かな一言に、ハクはわざとらしく眉を上げてみせたが、結局それ以上の挑発はしなかった。
その沈黙の中、ヘリコプターのエンジン音だけが響いていた。
ヘリの音が低く響く中、ハクが興味津々といった様子で言った。
「でさー、シオン君は何しにこのグラルコーポレーションへ?」
その軽い口調に、シオンは一瞬眉をひそめたが、諦めたように肩を落とした。
「お前には言いたくないけどな。
仕方ないから話してやるよ。」
ハクはニヤリと笑い、身体をシオンの方に傾けた。「ほらほら、そんなにツンケンしないでさ。俺、話聞くの得意なんだよねー。」
シオンは無視して話を続けた。
「……叔父さんに話して、武力を借りるためだよ。」
その一言に、ハクは一瞬だけ目を細めた。
「ほーん、武力ねぇ。ま、それがグラル様の専門だからねー。でも、何か企んでる顔してるね、シオン君。」
「余計な詮索をするな。お前はただ指示に従ってればいい。」
シオンの冷たい一言に、ハクは肩をすくめて口笛を吹いた。「へいへい、了解しましたー。ま、面白くなりそうだし、俺はそれでいいけどね。」
ヘリの振動に揺られながら、シオンは窓の外に目をやりつつ考えを巡らせていた。ハクの軽口も気に留めずにいたが、不意に彼の声が響いた。
「それにしても、シオン君。グラル様ってばすごいよねー。あの人、ただの武器商人じゃないもんね。」
シオンは返事をしないまま黙り込んだが、ハクは構わず続けた。
「ほら、グラル様って、ライトボーンの傘下にあった企業を引き継いで、ここまで大規模に成長させたんでしょ? 軍事力も私兵も揃ってて、そりゃもう敵なしって感じ。……あ、もちろん俺もその“私兵”の一人だけどさ。」
ハクは冗談交じりに肩をすくめ、ニヤリと笑った。
「ま、俺はともかく、シオン君。あんたが求めるこの“力”、タダじゃないのは分かってるよね?」
シオンがちらりと彼の方を見やると、ハクは楽しそうに眉を上げた。
「で、聞きたいのはそこだよ。シオン君はさ、グラル様に何を払えるつもりなの?」
その言葉に、シオンは一瞬だけ表情を曇らせた。だが、すぐに冷静さを取り戻し、低い声で言った。
「それを考えるのは叔父さんの役目だ。俺の研究には、それだけの価値がある。」
ハクはその返答を聞いて小さく笑い、軽く手を振った。「そっかそっか。まあ、俺には関係ないけどさ。でも――」
彼はふっと視線を鋭くし、少しだけトーンを落として言った。「グラル様は、見返りには厳しい人だよ。覚悟しときな。」
その言葉には軽口以上の重みがあったが、シオンは気にも留めず、再び窓の外に視線を戻した。