28、彼の話
シオンの声は静かに響き、ジェイソンはその言葉に耳を澄ませていた。
「その少年の研究は、まるで夢のようなものだった。失われた部位を、ただの機械としてではなく、まるで生きた手足のように再生させることができる技術。彼の父親が経営する病院で、その技術を実際に必要としている患者たちに使われた。人々は感謝し、彼の技術は日々進化を続けていった。」
シオンは一度、遠くを見つめるように目を細め、続けた。
「そして、彼はさらに一歩踏み込んだ。自分の作ったAIが患者の記憶を読み、コピーすることによって、単なる部品が”彼ら”そのものとなる。その手で触れた物を思い出し、体の動きを再現することができた。失われた感覚や動きさえも。」
ジェイソンはその話に引き込まれていった。普通のAIではない、その言葉の意味がだんだんと明確に感じられてきた。
「でも、問題はそこからだった。」シオンは静かに言った。「技術が進化すればするほど、人々はその恩恵を求めていった。何もかもを代替できるようになれば、もはや失われた部分の”代わり”では済まなくなる。」
シオンの目には、どこか悲しげな光が宿っていた。ジェイソンはその目を見て、胸が締めつけられるような気がした。シオンの過去に何があったのか、彼が語りかけるその物語の終わりが怖いような、そして少しだけ期待を抱くような不安な気持ちになった。
シオンの声は、静かながらも確固たるものだった。ジェイソンは、まるでその物語が自分のことのように感じていた。
「だんだんと、その研究に対する関心が増えていった。技術の進歩は素晴らしいものだったが、それと同時に多くの人々がそれを欲しがった。彼を守るために、護衛がつけられることになった。」シオンは一瞬、遠くを見るような目をした。「その護衛の中でも、ある護衛は特別だった。彼は家族ぐるみで彼を支えてくれた。護衛の娘、ティナは特に彼にとって大切な存在だった。」
シオンはその言葉を少し噛み締めるように続けた。「ティナは、紫がかったウェーブの髪を持つ、少しおてんばな女の子だった。年齢も近く、すぐに仲良くなった。彼はティナに自分の研究成果を説明せずにはいられなかった。彼女は、彼にとって唯一無二の理解者で、共に過ごす時間がだんだんと増えていった。」
ジェイソンはその話を聞きながら、シオンの過去の一片を垣間見た気がした。研究の成果だけでなく、彼の心の中にある絆のようなものが、この話には込められているのだろう。
「彼は、試作品を作るたびにティナに見せることが習慣になっていった。」シオンは静かに言葉を続ける。「時には、ティナの記憶をスキャンして、彼女の思い出や感情を元に新しいものを作り、それで遊ぶこともあった。彼はその時、自分がどこかしら無邪気で、幸せだったことを感じていた。」
その言葉が放たれた瞬間、ジェイソンは深い感慨に浸った。シオンが語るその物語の中には、ただの技術の進歩だけでなく、彼の心の中にあった、あまりにも優しさと繋がりの感覚があるように思えた。
シオンの声は静かだったが、そこには深い感情が込められていた。ジェイソンはその言葉に、思わず息を呑む。
「その日が、ティナと会う最後の日だった。」シオンは語り続ける。「あの日、彼は新しい試作品を持ってティナに会いに行った。だが、彼が彼女に会いに行ったその瞬間、テロリストたちが彼の技術を疎ましく思い、彼を狙って小型の爆弾を仕掛けていたんだ。」
シオンは目を閉じ、過去の痛みを思い出すかのように深く息を吸った。
「護衛のアルは、彼を庇うためにその爆風を受け、左半身を大きく欠損してしまった。ティナは近くにいたが、運悪く爆風の破片が頭部に突き刺さった。大きな外傷こそ無かったものの、彼女の命は危険にさらされていた。」
シオンはその場面を想像し、胸が締め付けられる思いだった。ジェイソンも、ただ無言で聞いている。
「彼はその時、試作品を使うことを決めた。あの時、ティナの傷を治すために、自分の技術を使わざるを得なかった。」シオンの声が少し震える。「父親であるアルは、娘の状態に動揺し、手術を行うには衛生状態が整っていないと困っていた。それでも、彼はティナを救うために、自分の研究成果を駆使して、救急車の中で代替品を使う決断をした。」
シオンはその後、静かに言った。「施術が終わり、次に覚えていたのは、自分が病院のベッドに横たわっていたことだった。父の病院で目を覚ましたんだ。」
そして、彼の声はわずかに震えた。「その間、記憶がないんだ。施術が終わってから、救急車が大きく揺れた瞬間、それ以降の記憶が全く無い。気づいた時には、自分が病院にいたんだ。」
ジェイソンは静かにその言葉を聞き、胸の奥に何かが込み上げてきた。この話の中には、シオンの苦しみ、そして彼がどれだけティナを救いたかったのかという想いがあふれていた。シオンにとって、あの日の出来事は今でも深い傷として残り続けていることが感じ取れる。
「それから、何が起こったのか分からなかった。」シオンは小さく言った。「でも、あの時、何かが変わったんだ。自分の研究が、ただの技術ではなく、人々の命を左右する力だってことを、嫌でも実感させられた。」
ジェイソンはしばらく黙っていた。その後、静かに運転席を見つめながら、シオンの言葉の重みを感じていた。
シオンは黙り込んだまま、車窓の外を見つめていた。揺れる景色を追う目は遠くを見据えているようで、心の中では別のことを考えていた。
シオンの胸には苦い思いが広がっていた。アモンの表情、言葉、そして態度が頭の中で繰り返される。
――ただ、アモンには何かがある。ティナのことを聞くと、あいつはいつも『知らない』と言う。
その言葉が嘘だということは、シオンには分かっていた。アモンは何かを隠している。
――ティナのことだ。
シオンは拳を握りしめ、窓に映る自分の顔を見つめる。
――絶対に話さない。それでも、あいつの目を見れば分かる。何かを隠しているのは間違いない。
シオンは静かに息を吐き、考えを断ち切るように目を閉じた。そして、再び窓の外へ視線を向ける。やるべきことは一つだ。ティナを取り戻すために進み続けることだけ。
タクシーは静かに街の外れへと進んでいく。
道の先に検問所が現れた瞬間、シオンは窓の外に広がる光景を見つめながら、覚悟を決めた。
「すまない……」
呟くようにそう言った後、シオンは拳銃を構え、ジェイソンに冷たい声で命令した。
「悪いが、アクセルを全開で踏んでくれ。」
ジェイソンの顔から血の気が引く。こんな客を乗せたことを激しく後悔したが、銃口の先にある自分の命を思えば逆らうことなどできなかった。
「クソッ……なんてことだ……」
ジェイソンはアクセルを思い切り踏み込む。タクシーは勢いよく加速し、検問のバリケードを激しく破壊して突っ込んでいった。
だが、それだけでは終わらなかった。道路にはさらにいくつものトラップが仕掛けられていた。バリケードを越えた直後、鋭利なスパイクにタイヤが捕まり、パンク音が響く。制御を失ったタクシーは、数百メートル進んだところで大きくスリップし、路肩に突っ込んで停止した。
車内の静寂を破るのは外からの声だった。
「動くな! 手を挙げろ!」
タクシーを取り囲む複数の警察官。そのうちの四人が銃口をシオンに向け、鋭く命じてくる。
シオンは周囲を見渡した。逃げ道はない。ジェイソンはハンドルに突っ伏したまま動かない。
車内の空気が一瞬凍りつくように張り詰めた。
シオンは耳を澄ませ、上空から響いてくる重低音に気付いた。次の瞬間、ヘリのプロペラ音が耳をつんざく。そして、それに続いて恐ろしいほどの銃声――ミニガンの連続射撃音が鳴り響いた。
激しい轟音が地面を震わせる中、警官たちは成す術もなく次々と倒れていく。血しぶきがあがり、一瞬でその場は地獄絵図と化した。ミニガンの銃声がやがて止むと、辺りには静寂が戻ったが、かつての威圧的な包囲網は完全に消え去っていた。
「……これは、もしかして……」
シオンが呆然とする中、ヘリがゆっくりと上空に留まり、機体から一人の女性が軽やかに降りてきた。ショートカットの東洋系の顔立ち、動きは機敏で、身につけた戦闘服もただ者ではない雰囲気を醸し出している。
「シオン君、おひさ~!」
軽快な口調で声をかけてくる彼女。どこか無邪気さすら感じさせる態度とは裏腹に、その背後に漂うオーラは一線級のプロを思わせる。シオンはすぐに彼女を認識した。
「ハク……叔父さんの私兵か。」
「正解っ!」ハクはにこりと笑い、ヘリに手を振り返す。「グラル様がね、シオン君からの連絡が途絶えたって心配しててさー。で、ニュース速報見たらシオン君の名前が出てるじゃん? そしたら『迎えに行け』って。」
シオンはほっと息をつき、銃を降ろした。
「助かったよ。ハク、グラル叔父さんと連絡取れるか?」
ハクは肩をすくめると無線機に手を伸ばしながら、軽口を叩き続ける。
「ちょっと待ってね~。最近通信が多くてグラル様もお疲れ気味みたいだけど、まあ私が直々に拾ったって言えばご機嫌になるでしょ!」
その飄々とした態度にシオンは若干の不安を覚えつつも、彼女が現れたことに深い安堵を感じていた。
シオンは冷えた瞳でハクを見つめながら、静かに言い放った。
「忘れていた。そいつだ、ハク。」
指差した先には、意識を失い座席にもたれかかるジェイソンの姿があった。
「ここまで頑張ってくれたドライバーさんに、きちんと“御礼”をしておけ。」
ハクは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの軽薄な笑みを浮かべて応じた。
「わっかりましたー。いや~、シオン君ってば、冷たいのねぇ!」
そう言いながら、彼女は太ももに装着されたサブマシンガンを取り外し、無造作にジェイソンに向けた。
「お疲れさまでしたー!」
軽快な口調とは裏腹に、無慈悲な銃声が響き渡る。サブマシンガンの弾丸がジェイソンの体を容赦なく貫き、その場で誰が見ても明らかに「生きてはいない」状態に変えた。
ハクは銃を下ろし、息一つ乱さずに振り返ると、にっこりと笑ってみせた。
「さて、これで一件落着!で、次はどこ行く?」
その無邪気な笑顔を見て、シオンは短く息を吐いた。ハクの軽薄さには呆れるしかなかったが、少なくとも彼女の効率的な行動は、今の彼にとって必要なものだった。