25、シーのナンパテクニック
隣の席は、シーが加わった途端さらに賑やかになった。
「いやー、仕事が増えるばっかりで、もう無理だわ!」
「ほんとほんと!でさ、経理課のあの子、マジで可愛くない?」
「お前、すぐ女子の話するよな!」
そんな雑談が続く中、片方の男が話題を変えた。
「あ、そうだ。シーさん、この前、不審者ぶん投げてたよな。」
もう一人が笑いながら相槌を打つ。
「見てたわ!あれすごかったな。入口で暴れてたやつ、シーさんがひょいっと持ち上げて投げた瞬間、周り全員固まってたよな!」
シーは眠そうな目をさらに細め、肩をすくめながら笑った。
「いやー、警備部として当然でしょー?あんなの放っておいたら病院に突っ込んでくるかもだったし。」
「まあ、確かに助かったけどさ…俺には無理だわ。どうやったらそんな力出せるんだよ。」
「気合いが違うんだよー。」シーは自信ありげに返しながら、のんびりと自分の料理を食べ始めた。
ふと、話題が一段落したタイミングで、男のひとりが隣のテーブルをちらりと見た。
「ところでさ、隣の姉妹、妹ちゃんってシーちゃんって言うんだろ?名前呼んでるの聞こえたけど。」
突然話しかけられたシオンは一瞬だけ動きを止めるが、すぐに平静を装う。
「…ええ、そうです。」と短く返すと、ティラミスを食べる手を動かし始める。
ラファはニコニコと愛嬌を振りまきながら、「そうなんです~。私がつけたんですよ、可愛い名前でしょ?」と付け加えた。
「おー、いい名前だな!うちのシーちゃんとは大違いだよ。あっちのは可愛いって感じじゃなくて…怖いからな。」
その場にいるシー本人が「なんか聞こえたんだけど?」と軽く睨む仕草をして、男たちは「冗談っす!」と慌てて笑いながら話題を変える。
一方、シオンはラファに低い声で囁いた。
「…これ以上目立つようなことはするなよ。」
ラファも微笑みを崩さずに小さく頷き、デザートを食べ続けた。
シーは突然、「いいこと思いついた!」と宣言し、隣のテーブルに座るシオンとラファの元へやって来た。
肘をテーブルに乗せ、手のひらで顎を支えながら、じっと二人を見つめる。
「ねー、君たち、この街の子でしょーー?」
その気だるげな声に、ラファは内心警戒しつつも表情には出さず、にっこり微笑んだ。
「そうですけど…どうしてですか?」
シーはニヤリと笑いながら続ける。
「だって、その服さ、この街の店でしか売ってないやつでしょ?…それに、普段使いでここのお店にも来てるみたいだし。」
ラファは少し驚いたような顔をするが、「まあ…たまに、ですかね」と適当にごまかす。
シーはさらに体を乗り出して尋ねた。
「じゃあさ、この辺りでバイクに乗った君たちくらいの年の子、見なかった?なんかこう…怪しげな感じの。」
その言葉に、シオンの手元がわずかに止まる。だが、すぐに無表情を取り繕い、ラファに任せるような視線を送る。
ラファは笑顔を崩さずに首をかしげた。
「怪しげな感じ…?えっと、どんな子なんですか?」
「うーん…黒髪とか、目つきが鋭いとか、まあちょっとキレ者っぽい感じ?」
ラファは「うーん」と考えるふりをしながら答える。
「そんな人見かけてないかなあ…私たちもあんまり外出ないんで。」
シーは「そっかー」とぼやきながらテーブルに突っ伏し、ため息をついた。
「探すのだるいんだよねー。君たちが知ってたら楽だったんだけどなー。」
シオンは淡々とした声で一言。
「…お役に立てず、申し訳ないです。」
その抑えた声の中には、わずかな緊張感が混じっていたが、シーはそれに気づいた様子はなかった。
シーは、ラファとシオンの反応をひとしきり見たあと、突然明るい声で言い出した。
「まあいいや!じゃあさ、君たち、私にー
君たちくらいの子がー
行きそうな場所案内してよー!」
その突拍子もない提案に、ラファは目を丸くし、シオンは眉をひそめる。
「いや、でも…」とラファが返答を濁そうとするが、シーは話を続ける。
「いいからーいいからー!
帰りはお姉さんがちゃんと家まで送るからさー!」
ラファはなんとか断ろうとしたものの、シーのしつこさは止まらない。
「ね!ちょっとだけでいいから!お願いー!
ほら、君たちだってお姉さんに
借りくらい作ってもいいでしょー?」
シオンは面倒な状況だと察し、軽くため息をついたあと、ラファを一瞥して小さく頷いた。
「…わかりました。でも、本当にちょっとだけですからね。」
「やった!」とシーは満足そうに笑い、席から勢いよく立ち上がった。
「さ、行こう行こう!どこでもいいよー!」
シオンはラファに小声で耳打ちしながら、困惑した表情を浮かべた。
「…本当に大丈夫なのか、これ。」
ラファは苦笑いしつつ、「さあね。でも、この人追い払うには仕方ないでしょ」と応じる。
こうして、ふたりはしぶしぶシーを案内することになった。
ラファは心の中で苦笑しながら、再び服屋のお姉さんから仕入れた借り物の知識を活用する覚悟を決めた。
「また頼らせてもらいます。ありがとう」と、ひっそりと感謝を込める。
シーは、興味津々といった表情でふたりを交互に見つめながら話しかける。
「ねえ、妹ちゃんはシーちゃんでしょ?
じゃあ、お姉ちゃんはお名前なーに?」
ラファは軽く笑いながら答えた。
「アルって言います。」
すると、シーはラファをじっと見た後、不躾に言葉を放つ。
「ふーん、アルね。…なんか、男っぽい名前だねー。」
その言葉にラファは少しむっとしたが、笑顔を崩さず、さらりと返す。
「昔からよく言われるんです。
でも、私のお気に入りの名前なんですよ。」
シーはその答えに満足したのか、「へえー」とだけ言って、話題を切り替えた。
あとふたくちでティラミスを食べ終えようとしていたシオンとラファの元に、シーが伝票をスッと取り上げて立ち上がった。
「ちょっと待っててねー」と軽やかに言い残し、カウンターでお会計を済ませてしまう。
そのまま戻ってきたシーは、得意げな表情でふたりに声をかけた。
「表に車回してるからねー。ゆっくり食べ終わったら出てきて。」
逃げられないようにと、先回りするその行動に、ふたりは仕方なく席を立った。
外に出ると、シーが車の横で待っていた。
「お会計、ありがとうございます」と渋々礼を言うラファに、シーは満面の笑みで答えた。
「大丈夫ー大丈夫ー!
経費で落ちるから気にしないでー」
その無邪気さに、ふたりは思わずため息をついたが、今は逆らえない状況にただ従うしかなかった。