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24、デザートは厄介と共に

店内は混み合った様子の中で

隣のテーブルの客がトイレから戻ってきた瞬間、シオンの表情が一変した。


ラファは背中側の席に座っていたため、その変化に気づくことなく、メニュー表を閉じて注文した料理を待っていた。


シオンは声に出さず、視線と軽い顎の動きでラファに「注意しろ」という合図を送った。


最初はきょとんとしていたラファも、すぐにその意図を察し、自然を装って椅子を引く。

「ちょっとトイレ行ってくるね」と何気ない口調で言い、立ち上がった。


そのまま通り過ぎるふりをしながら、ちらりと隣のテーブルを盗み見る。そこに座っていたのは、30代前後の男ふたり。カジュアルな服装ではあるが、肩にかけた制服に目をやると、見覚えのあるマークがついていた。


ライトボーンのエンブレム――。


それを見た瞬間、ラファは思わず息を呑んだ。チェイサーやエウと同じ組織の人間だという確信が胸の奥を冷たく染める。


ラファは動揺を悟られないように歩き続け、トイレのドアを押して中に入る。そのまましばらく鏡の前で深呼吸をし、


「ご飯食べに来ただけなのにーーー」


ドア越しに聞こえる食器の音や話し声が、妙に遠く感じられる。


トイレから戻ってきたラファが席に着くと、ちょうどタイミングよく料理がテーブルに運ばれてきた。


「お待たせしました。」ウェイターが静かにプレートを置く。目の前に広がる料理はどれも香ばしい香りが漂い、視覚と嗅覚を一瞬にして奪っていく。


ラファは目を輝かせながら、「すごく美味しそうだね!」と口元を緩める。


シオンも黙って頷いた。先ほどの緊張した表情は少し和らいでいるように見える。ふたりはそれぞれナイフとフォークを手に取り、まずは一口。


「……うまい。」シオンがぽつりと言葉をこぼす。


ラファも口を塞ぐ余裕もなく、「これ、噂通りの味だよ!フランクさん、本当に天才かも!」と感嘆の声を上げた。


一瞬前の不穏な空気はどこかへ消え、ふたりは料理の味に夢中になっていた。舌平目のムニエルは、バターの芳醇な香りと魚の柔らかな身が絶妙に絡み合い、シオンの舌を満足させた。ラファの頼んだ地鶏の香草パン粉焼きは、外はサクサク、中はジューシーで香り高い。


食事をしている間だけは、目の前にいるライトボーンの制服を着た男たちの存在も、追われているという現実も忘れるように、ふたりは静かに料理を楽しむのだった。


ふたりが食事を続けていると、どうしても隣の男たちの話し声が耳に入ってくる。


「仕事が多すぎるんだよなあ。こっちは連勤続きでクタクタだってのに。」

「わかる。しかも今回は何で俺たちが人探しなんかしなきゃいけないんだよ。専門の連中にやらせりゃいいだろ。」


不平不満が次々と飛び出す中、ラファは気になって会話に耳を傾けた。隣の会話が「人探し」の話題からシオンの弟、アモンの話へと移ったからだ。


「それにしても、アモン様って本当にすごいよな。」

「なあ。まだあの歳だろ?それで病院の全権任されてるって、信じられないよ。」

「しかもただの御曹司じゃない。実際に患者を診て、命を救ったりしてるって話じゃん。感謝してる患者も多いみたいだし。」


賞賛の声ばかりが聞こえてくる。


ラファは「アモン様」という言葉に微妙な違和感を覚えながら、ちらりとシオンの様子を伺った。だが、シオンは無表情で食事を続けている。あえて反応を見せないようにしているのだろう。


ラファは小さな声で、「ねえ、気にしないの?」と聞こうとしたが、シオンの食器を握る手がほんの少しだけ強くなっているのに気づき、それ以上言葉を続けられなかった。


ラファはふと気づいた。シオンから自分の過去や家族について話を聞いたことがない。シオンはただ雇い主であり、ラファ自身はその運送屋にすぎない。


けれど、隣の男たちの話題がシオンに関係していると感じたラファは、少しでも雰囲気を変えようと明るく提案する。


「ねえ、デザート食べようよ!」


「いや、僕は…」とシオンは乗り気ではなさそうだ。


「何言ってんの、子供のくせに甘いもの嫌いなの?」

「別に嫌いなわけじゃ…」と、曖昧な答えを返すシオンを見て、ラファは確信した。これはただの痩せ我慢だ。


ラファはニヤリと笑って、わざと少し大きな声で言った。

「じゃあシーちゃんの分は私が決めてあげる!」


その瞬間、隣の席の男たちが「シーちゃん」という名前に反応したのか、こちらに視線を向けた。


ラファは咄嗟に和やかな笑顔を作り、ニコッと笑って返す。すると男たちは満足したように視線を戻し、会話を続け始めた。


「可愛い姉妹だなあ。妹さんはシーちゃんって言うんだな。」

「うちの警備部のシーちゃんとはえらい違いだ。あの人、怖すぎるだろ。」


ラファは男たちの言葉を聞き、内心でホッとすると同時にクスッと笑いそうになった。シオンはため息をつきながら、静かに食後の飲み物に手を伸ばしている。


少しするとシオンとラファの元にティラミスが運ばれてきた。


「うわ、美味しそう!」とラファは目を輝かせる。

シオンも元気を出すためにと、無言でスプーンを手に取った。


ティラミスの甘くてほろ苦い味わいが口に広がり、少しだけ表情が緩むシオン。その様子を見てラファは満足げに笑う。


そんな中、店のドアが開き、新たな客が一人入ってきた。


その人物は、ライトボーン警備部のシーだった。水色のきれいな髪に眠そうな目が特徴的で、見るからに疲れた様子だ。


「ふぅー…疲れたー…休憩ーーー!」と、独り言を言いながら席に案内され、注文を済ませると、シーの視線が店内を巡り、隣のテーブルの男二人に止まった。


「あれ?薬品営業部の…えーっと…名前なんだっけ?」

考え込む様子を見せるが、すぐに「まあいいや!」と切り替え、軽い調子で声をかける。

「一緒にご飯食べよー!」


突然の誘いに、男二人は驚いた表情を見せるが、取り繕った笑顔で「どうぞどうぞ」と了承する。


「おお、ありがとー!」と、シーは気軽に彼らのテーブルに加わる。


ラファはそんな様子を横目で見ながら、スプーンを持つ手を止め、シオンに小声でささやく。

「…あれ、絶対面倒なやつだよね。」


シオンは眉をひそめながらティラミスを一口。

「うん、そうだね。」

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