23、腹ペコなふたり
シオンは鏡越しに自分の姿を見て、ため息をついた。ラファが用意した衣装は、シオンの幼い顔立ちと相まって完全に女児そのもの。自分で言うのもなんだが、あまりにも完璧すぎて少し悔しくなった。
「……ここまで徹底するなら、この作戦に乗っかるしかないか」とシオンは諦めたようにつぶやいた。
だが、ただ屈するわけにはいかない。自分だけが女児役を押し付けられるのは癪だ。
「ラファ、今度はお前の服を買うぞ」と宣言し、街の服屋を再び巡ることにした。
ラファ用に選んだのは、大人びた印象を与えるクラシックなデザインのシャツとジャケット。身長をごまかせるようにヒール付きのブーツも加え、仕上げにキャスケット帽を合わせた。少し背伸びした雰囲気だが、ラファには似合いそうだ。
ラファはシオンの選んだ衣装を試着して、着替えたまま得意げに戻ってきた。
「どう?似合ってるでしょ!」ラファはノリノリでポーズまで決めて見せる。
シオンはその姿を一瞥してから言った。
「……まあ、それなりに見えるな。でも服が大人っぽくなった分、中身もしっかりしろよ」
ラファは笑いながら手を振った。
「心配しないでよ!それより、名前も変えようよ。シオンって呼んだらバレる可能性があるしね」
「名前?」シオンは首をかしげる。
「うん、君は今日から『シーちゃん』だね!」ラファがニヤリと笑いながら提案する。
シオンは頭を抱えた。
「……シーちゃんって……そこまで徹底しなくてもいいだろ」
だが、ラファはさらに畳みかける。
「そして私は『アル』ね!どう?完璧でしょ?」
「アル?」シオンは眉をひそめた。「それ……父親の名前じゃないか」
「そうだよ!偽名なんだから覚えやすい方がいいでしょ?」とラファは屈託のない笑顔で返す。
シオンは肩をすくめ、仕方がないとばかりにため息をついた。
「……まあ、確かに完璧な偽名を考えるよりは楽だしな。それに慣れるのが一番大事だ」
「でしょ?」とラファは得意げに笑いながら、シオン――いや、シーちゃん――を見上げた。
「さ、これで準備完了!街の中を堂々と歩けるね!」
「堂々と、な……」シオンはベレー帽を深くかぶり直しながら呟いた。
服を買った店を出ると、ふたりは並んで歩き始めた。周囲の目を意識していたシオン――いや、シーは少しぎこちない様子だったが、ラファは全く気にする様子もなくウキウキと歩いていた。
ふと、ラファはシーの手を取り、勢いよく指を差した。
「まずは腹ごしらえ!行こうじゃないか、シーちゃん!」
ラファのテンションに引っ張られ、シオンはあきれながらも頷いた。
「腹ごしらえって……メインストリートにあるレストランか?」
「そうそう!そこの料理、すっごく美味しいらしいよ!」とラファは自信たっぷりに答える。
「なんでそんなこと知ってるんだ?」シオンが疑わしげに尋ねると、ラファはにっこり笑って答えた。
「さっき服を買った店で聞いたの!」
まるで自分が知っていたかのように、ラファは得意げに話し始めた。
「そのお店の名前は《フランクズ》。店主のフランクさんは、元々漁師だったんだって。でも、料理の道に進みたいって夢を持って、この街でレストランを立ち上げたらしいよ。それだけじゃなくて、なんとあのミスランで星をもらったんだって!」
「……ミスランって、あの?」シオンが驚いたように聞き返す。
「そう、あのミスラン!」ラファは満足げに頷いた。「フランクさん、星を取るためにめちゃくちゃ努力したんだって。漁師の経験を活かして、魚料理が特に絶品なんだってさ!」
シオンは思わず笑ってしまった。
「さっき聞いたばかりの話を、さも自分の知識みたいに話すなよ」
「えー?でもシーちゃんも興味湧いたでしょ?」ラファは悪びれることもなく笑顔を見せる。
「まあ……美味い料理が食えるなら、それでいいけどな」シオンはベレー帽を少し直しながら、小さく呟いた。
こうしてふたりは、少し離れた姉妹に見えなくもない様子で、目指すレストランへと足を進めた。
店に入ると、フランクズの噂通りの光景が広がっていた。
活気あふれる店内には、美味しい料理に舌鼓を打つ客たちの笑い声が響き渡り、ナイフやフォークが皿の上で踊る軽やかな音が混じる。漂う香ばしい匂いがさらに食欲をそそり、ラファは鼻をくんくんさせながら、目を輝かせていた。
「すごいね!見て、あの料理!」ラファは他の客のテーブルを指さし、小声でシオンに話しかける。
「……指差すなよ。失礼だろ」とシオンが注意するものの、ラファは興奮が収まらない様子だ。
少しの間、並んで待つことになったが、お腹の虫が鳴るのを止めることはできなかった。ラファは待ちきれない様子で足を小刻みに揺らし、シオンはそんな彼女を横目で見つつ、静かに息を吐いた。
やがて、「こちらにどうぞ」と店員が案内してくれた席にふたりは腰を下ろした。木目調のテーブルには清潔なクロスが敷かれ、料理の期待感をさらに煽る。
メニューを開き、ラファが真っ先に声を上げた。
「これ!絶対これにする!地鶏の香草パン粉焼き!」
「肉か……まあ、らしいな」とシオンは呟きながら、自分の目を舌平目の料理に留めた。
「俺はこれだ。舌平目のムニエル」
「おおー、お魚だね!絶対美味しいやつじゃん!」ラファがにこにこしながら応じる。
店員が注文を受けて去ると、ふたりはテーブルの上で頬杖をついて、料理が来るのを待った。漂う香りに腹が鳴るのを堪えつつ、ラファは視線をキッチンの方へちらちらと送り、シオンは静かに落ち着いて待っていたが、どこか表情は緩んでいた。
料理が運ばれてくるまでのわずかな時間が、ふたりにはやけに長く感じられた。