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22、新しい街の風景

シオンはバイクを操りながら、どこか上機嫌そうに鼻歌を口ずさんでいた。


「なんかご機嫌だね。」

ラファが後部座席から覗き込むように声をかけると、シオンは少し肩をすくめてはぐらかすように答えた。

「別にそんなことないよ。」


けれど、彼の弾んだ声色を聞けば明らかだった。ラファは心の中で納得した。

目的地の街で美味しい食事にありつける、それがシオンを少し浮かれさせている理由だろう、と。


迂回路を使ったおかげで予定よりも早く目的の街に近づいてきた。ラファは町の建物が見え始めた頃、密かに心を躍らせていた。この街には、どうしても行きたい場所があったのだ。


「ボルクが話してたレストラン……!」

ラファはその名を口には出さなかったが、ボルクの旅の話の中で出てきた店のことを思い出していた。ほっぺたが落ちるほど美味しい料理が出てくるというそのレストラン――ラファはそれを聞いた瞬間から、是が非でも行きたいと思っていたのだ。


「絶対食べに行くんだから!」

そんな決意を胸に秘めつつ、ラファは街に近づく景色に目を輝かせていた。


シオンの機嫌が良いのも、ラファがひそかに計画を練っているのも、全ては美味しい食事が目の前にあるからこそ。ふたりのバイクは、期待に胸を膨らませながら街に入ると、前の町よりもはるかに活気があり、広い通りを人々が行き交っていた。商店が並び、露店の呼び込みや子供たちの笑い声が響く。


ラファは後部座席から目を輝かせながら周囲を見回し、シオンに次々と話しかけた。

「ねえ見て、あの屋台!すっごく美味しそうな匂いしない?」

「こっちはほら、あの建物、なんか面白い形してるよ!」


だが、シオンはバイクのハンドルを握りながら、相変わらずそっけなく流していた。

「そうだね。」

「うん。」


ラファは少し拗ねつつも、興奮を抑えられずに街を見渡していた。そんな中、通りの壁に一枚の貼り紙を見つける。


「……ん?」

ラファは何気なく目を向けて、そして息を呑んだ。その貼り紙には、大きく尋ね人と書かれ、写真が貼られていた。その写真――それは間違いなくシオンだった。


さらに、その下には**「情報提供者には多額の謝礼金」**といった文字が添えられている。


「ちょ、ちょっと、シオン!」

ラファが慌てて声をかけると、シオンもバイクを停めて貼り紙を見つめた。彼の表情がわずかに険しくなる。


「……これはさすがに無視できないな。」


冷静を装っていたが、シオンの心中には焦りが渦巻いていた。

ラファは貼り紙をじっと見つめたあと、口元を歪めてニヤリと笑った。


「謝礼金かぁ……悪くない話だよね。」


その言葉にシオンの眉がピクリと動く。

「やめろ。ふざけるな。」

怒りを含んだ声に、ラファは楽しそうに肩をすくめた。


「冗談だってば。だけどさ、これじゃ普通に街を歩けなくない?見つかったら面倒なことになるよね?」


シオンは貼り紙を剥がしながら、「だからどうするんだよ」と苛立ちを隠しきれずに言う。

そんな彼に、ラファは目を輝かせながら言った。

「いいこと考えた!ねえ、少しお金ちょうだい!」


突然の要求に、シオンは訝しげにラファを見た。

「お前、何するつもりだよ……」

「いいから!ちょっと信じて!」


ラファの自信満々な態度に呆れつつも、シオンは仕方なく財布を取り出した。「無駄遣いするなよ」と釘を刺しながら、小額の紙幣を手渡す。


ラファは満面の笑みを浮かべ、「任せて!」と街の方へ駆け出していった。

シオンはため息をつきながら彼女の背中を見送り、何か嫌な予感を覚えながら、貼り紙を丸めてポケットに押し込んだ。


シオンはバイクのサイドカーで身を潜めながら、周囲を警戒していた。体を丸めているせいで妙に肩が凝ってきたが、それよりも早くラファが戻ってくるのを待つほかなかった。


「遅いな……」とぼやきながら、ちらりと周りの様子を確認する。


そんなとき、ラファの明るい声が耳に飛び込んできた。

「お待たせー!」


シオンが顔を上げると、ラファが紙袋を抱えて嬉しそうに近づいてきた。

「やっと戻ったか。で、それは何だ?」とシオンが問いかけると、ラファは紙袋を笑顔で差し出す。


「じゃーん!これ!」


訝しげに袋を受け取ったシオンは中を覗き込み――瞬間、言葉を失った。


紙袋の中には、可愛らしい女児用のワンピースとカーディガン、それにベレー帽と伊達メガネが入っていた。淡いパステルカラーとリボンの装飾が目に飛び込んでくる。


「……お前、これを僕に着ろって言ってるのか?」シオンは絶句しながら顔を上げた。


ラファはニヤニヤしながら肩をすくめる。「だって変装って言ったらこれでしょ?誰もシオンがこんなの着るとは思わないって!」


「いや、ふざけるな。こんなもん着られるわけ――」シオンが言いかけたところで、ラファがじっとした目で睨むように言った。

「でもこれしか方法ないよ?貼り紙の顔バレが怖いんでしょ?だったら黙って着て!」


シオンは歯を食いしばりながら、紙袋をぎゅっと握りしめた。「くそっ……こんな屈辱的なこと……」


それでも逃げるためには仕方がないと覚悟を決め、しぶしぶワンピースに袖を通し始める。


「うわー、似合う!帽子もかぶってみて!」ラファが笑いをこらえながら言うと、シオンは顔を真っ赤にしながら反論する余裕もなく、ベレー帽を頭に乗せた。


「……どうだよ、これで満足か?」と怒りを押し殺した声で問いかけるシオンに、ラファは大爆笑しながら親指を立てる。

「最高!街の誰もシオンちゃんだって気づかないよ、間違いない!」


シオンはぐっと拳を握りしめ、耐えるようにして目を閉じた。

「くそっ……絶対忘れないからな、この屈辱を……」

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