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21、雨宿りの友人

廃屋の中、薪でくすぶる火が壁に揺れる影を映し出していた。シオンとラファは焚き火を囲み、向かいに座るボルクの話に耳を傾けている。


「隣国から歩いてきたのか?」シオンが興味なさそうに聞き返したが、その言葉とは裏腹に視線はボルクにしっかり向いていた。


ボルクは手にした金属マグを揺らしながら、軽く肩をすくめた。

「ああ、まあ歩きながら旅するのが好きなんだよね。景色を見たり、いろんな人と話したり、ただのんびり進んだり。時間に追われないって、なんかいいだろ?」


ラファが目を輝かせながら質問を投げかける。

「じゃあ、隣国ってどんな感じなの?どこかおすすめの場所とかある?」


ボルクは顎に手を当て、少し考える素振りを見せた。

「うーん、そうだな……美味しい料理なら隣国の首都の中央広場にある露店街かな。あそこの焼きたてのパンとスープ、絶品だよ。特にスパイスが効いててさ、こっちではなかなか食べられない味だと思うよ。」


ラファはその言葉にますます興味を惹かれた様子で声を上げた。

「スパイス?どんな味なの?辛いの?」


「辛いのもあるけど、どちらかというと香りが豊かなんだ。あと、デザートもおすすめ。蜂蜜とナッツを使ったお菓子があってね、それがまた――」


ボルクが旅の思い出を語るたびに、ラファの目はキラキラと輝き、シオンは静かに耳を傾けていたが、時折焚き火に薪をくべる手を止めては考え込むような表情を浮かべていた。


「……そんなのんびりした旅、羨ましいなぁ。」ラファが呟くように言うと、ボルクは笑って肩をすくめた。

「旅は自由だからね。でもまあ、こんな風に誰かと焚き火を囲むのも、旅の醍醐味の一つだよ。」


火のはぜる音がしばらく場を満たし、穏やかな時間が流れていった。

ラファは焚き火の炎を見つめながら、無邪気な声で尋ねた。

「ボルクはこの国には何を見にきたの?」


その問いに、ボルクは微笑を浮かべ、マグをくるくると回しながら答えた。

「それがさ、ちょっと気になる噂を確かめにきたんだよ。」


「噂?」ラファが身を乗り出し、興味津々の目でボルクを見つめる。


ボルクはわざと声を潜め、焚き火の炎がラファの顔に影を落とすのを楽しむかのように続けた。

「この国のとある街で、秘密裏に能力者を誘拐してるって話だよ。捕まえた能力者を隅から隅まで調べ上げて、何をするかはわからないけど……まあ、いい目的じゃなさそうだよね。」


ラファの目が驚きで大きく見開かれた。

「能力者を誘拐って……怖い話みたいだね。」


ボルクは焚き火の木の枝を指で弄びながら、楽しそうに薄く笑った。

「まあ、こういう話は大抵、尾ひれがついて広がるもんだからね。でも、どこまでが本当なのかは確かめたくなるだろ?旅の途中で聞いた話だけど、場所によっては誰かが急に行方不明になるなんて話もあったしさ。」


脅かすようなその語り口に、ラファは思わず焚き火の近くに寄り添った。

「そ、そんなの本当だったら怖いじゃん!」


その反応に、ボルクは愉快そうに肩をすくめた。

「まぁね。でも怖い噂って、旅をちょっと面白くしてくれるだろ?」


シオンは二人のやり取りを横目で見つつ、眉をひそめた。

「……くだらない話だな。」


ラファがすかさず抗議するように振り返る。

「くだらなくないよ!怖いけど、ちょっと興味あるじゃん!」


シオンは小さくため息をつきながら、火をつつく手を止めなかった。

「興味を持つな。それにそんな噂に首を突っ込む奴が、ロクな目に合うわけがない。」


ラファはしばらく悩むように焚き火を見つめたが、すぐにまたボルクに目を戻した。

「でも、その噂、詳しく知ってるの?」


ボルクは少しだけ目を細め、意味深に笑った。

「それがどこまで本当かを確かめるために、今こうして旅してるんだよ。……その街に行けば、何かわかるかもしれないけどね。」


ボルクとの他愛のない会話が続き、雨音が遠ざかり、廃屋の外には静けさが戻っていた。空にはまだ重い雲が漂っているが、道は進むのに支障はなさそうだ。所々ぬかるんでいるのが気になるが、山を抜けることを考えれば問題ない範囲だろう。


シオンとラファが準備を整え、出発の準備をする中、ボルクが別れ際に声をかけた。

「そういえばさ、今さっき僕の友人が教えてくれたんだけど、この先、川にかかっていた桟橋が増水で流れちゃったらしいんだ。バイクなら、迂回路を使ったほうがいいよ。」


「友人?」ラファは目を丸くしてボルクを見上げた。彼が言う“友人”がどこにいるのか気になったのだ。彼の周囲には誰もいないように見える。

不思議そうな顔で「わかった」と答えたが、まだ疑問は拭えない。


一方、シオンはボルクの言葉を無言で受け止めると、ラファに視線を向けて指示を出した。

「ラファ、バイクに積んである地図を持ってきてくれ。」


「はぁい、はぁい。」

ラファは億劫そうに伸びをしながらも、しぶしぶバイクへ向かう。


その間、シオンは上着のポケットから小さな銀色の箱を取り出した。薄く鈍い輝きを放つその箱を、ボルクに差し出す。

「これ、面白い話を聞かせてくれたお礼だ。中身は、俺たちが離れたあとで見てくれ。」


ボルクは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべ、箱を受け取った。

「なんだろう、これ。いいの?」


「別に大したものじゃない。気になったら開けてみればいい。」


ボルクは箱を軽く手のひらで回して眺めながら、興味をそそられた様子でうなずいた。

「ありがとう。旅の土産として受け取っておくよ。」


そのやり取りが終わるころ、ラファが地図を持って戻ってきた。地図を開き、迂回路を探し始めるシオン。その横でラファはボルクをちらりと見て、小さな声でつぶやいた。

「……友人って誰のことだったんだろう?」


ボルクはその言葉を聞き取ったのか取らなかったのか、ただ静かに微笑んでいるだけだった。



シオンは地図を広げてボルクに差し出すと、迂回路を指して「ここに道があるんだな」と確認した。ボルクは頷きながら、具体的な道筋を地図に書き込んでくれる。


「これで大丈夫だと思うよ。気をつけてね。」

ボルクの爽やかな声に送られ、ふたりは感謝を伝えてバイクに跨った。


「それじゃあ、ボルクも気をつけて。」

「またどこかで会えたら話そうよ。」


互いに軽く手を振り合い、ふたりは廃屋を後にした。バイクはぬかるんだ山道を進み、やがてボルクの言葉通り、川にかかる桟橋が流されている場所へとたどり着く。濁流のせいで残骸すらも見当たらない。


「本当に桟橋がないね……。」

ラファは驚きながら呟くと、続けて「じゃあ、迂回路に行こうか」と言った。


バイクを迂回路に向けて走らせる中、ラファは気になっていた疑問を口にする。

「ねえ、シオン。なんでボルクは桟橋が流れてることを知ってたんだろう?」


シオンは前方を見据えたまま、淡々と答える。

「君も能力者だろ。ボルクが何かしらの能力を持っていたとしても、不思議じゃないさ。」


「能力者……か。」

ラファは少し考え込みながら、ボルクのことを思い返した。その爽やかな笑顔、どこか浮世離れした雰囲気。確かに彼が能力者だとしてもおかしくはないかもしれない。


「でも、あの“友人”って何だったんだろう?」

ラファが疑問を重ねると、シオンはふっと笑みを漏らした。

「それを聞いても、きっと教えてはくれないだろうな。」


ふたりはボルクの正体に思いを巡らせながら、再びバイクを走らせていった。


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