19、急ぐ山間の道
シオンは焚き火のそばで魚を握りしめ、ロジャーが料理をする姿を思い出していた。あの手際の良さ、無駄のない動き――彼が作る料理は、どれも心に沁みるような美味しさだった。自分も少しは覚えたつもりだったが、いざ魚の内臓を取り除こうとすると、手が思うように動かない。
「……うーん、こうか?」
シオンは不器用ながらもナイフを使い、なんとか魚の内臓を取り出した。しかし、その仕上がりに満足はできなかった。やっぱり経験と知識の差は埋められない、と痛感させられる。
一方で、ラファはシオンの作業をじっと見つめ、笑みを浮かべていた。
「すごいじゃん、シオン。ちゃんと綺麗に取れてるよ。」
「いや、全然だ。ロジャーならもっと早くて、綺麗に仕上げる。」
シオンは魚を串に刺しながらため息をついた。
「でもさ、十分だと思うよ。ロジャーみたいにはいかなくても、これなら美味しく焼けるんじゃない?」
ラファはそう言って、枝を手に取りシオンを手伝い始めた。
二人は魚を串刺しにし、遠火でゆっくりと火を入れた。焚き火の明かりが魚の表面をじりじりと焼き上げていく。煙の香りが鼻をくすぐり、なんとなく食欲が湧いてくる。
やがて、魚が焼き上がり、二人はそれぞれ一本ずつ手に取った。熱々の焼き魚をかじりつくと、ほんのり香ばしい味が口に広がる。だが――
「……素朴な味だな。」
シオンがぽつりと言うと、ラファも苦笑しながら頷いた。
「うん、素朴……というか、塩気がないね。」
二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。ロジャーの豪快で味わい深い料理が懐かしく思い出される。
シオンは魚の骨を焚き火に投げ込みながら、静かに言った。
「街に行こう。食材も調達して、ちゃんとした飯を食べよう。」
ラファは笑顔で頷いた。
「賛成。美味しいご飯、食べたいもんね。」
こうして、二人は次の街に向かう決意を新たにした。焚き火の炎が消えかける頃、彼らは再び旅立つ準備を始めた。
次の街への道は長い――山間を抜け、主要な町を2つ越えれば隣国へと続く道が待っている。シオンとラファは、その目標を胸にバイクを走らせていた。
「夜までにはこの山道を抜けたいね。」
ラファが前を見据えながら言うと、シオンは頷きつつも空模様を見上げた。黒い雲が厚く垂れ込め、嫌な予感がする。
予感は的中した。しばらく進むうちに雨が降り出し、道は次第にぬかるんでいく。視界も悪くなり、これ以上の走行は危険だと判断した二人は、道沿いに見つけた廃屋へ避難することにした。
「ここで一晩を過ごすしかなさそうだな。」
シオンがバイクを停め、廃屋を見上げた。
薄暗い外観で、窓ガラスは割れ、ところどころ壁が剥がれている。雨をしのぐには十分だが、少し不気味さを感じる場所だった。
「でも、泊まるしかないか。」
ラファがため息をつきつつも中を覗こうとすると、中から声が聞こえた。
「よう、旅人さん?」
二人が驚いて目を凝らすと、廃屋の奥から若い男性が現れた。髪はアッシュグレーでどこか幼さを感じさせる柔らかな顔立ち。身長は高すぎず、威圧感のない雰囲気があり、思わず相手を警戒心より先に親しみで見てしまいそうなタイプだ。背中には大きなバックパックを背負い、片手には小さなナイフを持っている。
「俺はボルク。この辺を旅してるバックパッカーだ。急に雨が降ったもんで、ここに避難してたんだよ。」
ボルクは爽やかな笑みを浮かべながら軽く手を振った。その様子に警戒を解ききれないシオンは一歩踏み出し、低い声で言った。
「俺たちも雨宿りだ。迷惑はかけない。」
一方、ラファはボルクの人懐っこい態度に少し安心した様子で、軽く手を振り返した。
「私はラファ。こっちはシオン。少しここで休ませてもらうね。」
ボルクは笑顔のまま頷き、焚き火の近くに腰を下ろした。どうやら、廃屋の中には彼が作った簡単なキャンプの跡があった。焚き火の炎が雨音に混じって静かに揺れている。
「よかったら、暖まるか?」
ボルクが焚き火の方を指差し、気さくに言った。その穏やかな声に、廃屋の不気味さも少し和らぐように思えた。
だが、シオンは内心で思う。油断は禁物だ。この男、ただの旅人かどうかはわからない。