17、お味はいかが?
シオンは納屋の影から身を乗り出し、大きな声でエウに呼びかけた。
「おい、年増! 若い子が羨ましいからって暴力は良くないぞ!」
その声にエウが反応し、冷たい銀髪が風になびく。だが、表情は一切変わらない。ただ、シオンは意図的に言葉を重ねた。
「エウ、お前のこと、弟がなんて言ってるか聞きたいか? ストーカーが過ぎて気色悪いってさ!」
その瞬間、わずかにエウの顔が歪む。無表情を保っていた彼女の中に、薄っすらと怒りの色が浮かび上がるのが分かった。
ラファの腕を掴んでいた手が静かに離れ、エウはシオンに向かって一歩ずつ近づいてきた。その足取りは重く、無言のままだが、怒りが身体全体から滲み出ている。
シオンは挑発を止めず、さらに声を張り上げた。
「弟からは僕を捕まえるように言われてるんだろ? その理由はこれだろ!」
そう言いながら、彼は手に持った即席の催涙手榴弾を高く放り投げた。玉ねぎとガソリンが詰まった瓶は宙を描いてエウの頭上へと飛んでいく。
エウは目を細め、飛んでくる瓶を鋭い視線で凝視した。その姿は、貴重品か何かを受け止めようとしているかのようだ。
シオンは間髪入れず叫んだ。
「ラファ! 瓶を撃て!」
ラファはその声に反応し、ホルスターから銃を引き抜いた。すぐに狙いを定め、躊躇うことなく引き金を引く。
バン! バン!
乾いた銃声が2発響き渡る。瓶は見事に弾丸を受け、空中で粉々に砕け散った。玉ねぎの破片とガソリンの混合液が霧状になってエウの頭上から降り注ぐ。
「ぐっ……!」
エウは目を押さえ、たまらず大声で叫んだ。強烈な刺激成分が彼女の目や鼻を襲い、全身が痺れるような苦痛に包まれる。
シオンはその様子を見て冷静に言い放つ。
「電撃は流すなよ。ガソリンの匂いがするだろ? 下手なことすれば燃えるぞ、バカなことはするな。」
エウは悔しそうに呻き声を上げながら、その場で身をよじる。シオンは納屋の陰から慎重に様子を伺いながら、ラファに目配せをする。
苦悶するエウを見下ろしながら、シオンは冷ややかな声で問いかけた。
「おい、エウ。この近くにも警備部の連中はまだいるのか?」
エウは目を押さえ、痛みによろめきながら叫ぶ。
「言うわけないだろ、糞ガキ!」
その反応にもシオンは動じず、冷静な口調を崩さない。
「まあいい。弟に伝えろ。お前がその気なら、こっちにも考えがあるってな。」
エウは鼻で笑い、痛みに耐えながらも悪態をつく。
「はぁ?何を考えるっていうのよ、ガキが……!」
その声を聞き流し、シオンはエウに背を向けて、倒れているロジャーのもとへ駆け寄った。
「すまない、ロジャー。もう行かないと。」
申し訳なさそうに言葉をかけるシオンに、ロジャーは口を開くこともできず、ぶっきらぼうに手だけを振って「行け、行け」と合図した。
シオンはその手を見つめて一瞬だけ立ち止まったが、すぐに顔を引き締めるとラファの方を向いた。
「ラファ、出る前にお店の電話で救急に連絡してくれ。ロジャーには治療が必要だ。それが終わったらすぐにバイクに乗る。準備はもうできてる。」
ラファは短く頷き、「わかった」と返事をすると、慌ただしく店の中へ向かった。その後ろ姿を見届けるシオンの目には、わずかながら緊張と焦りの色が浮かんでいた。
エウの荒い呼吸とロジャーの微かなうめき声が漂う中、シオンは深く息を吸い込むと、自分を奮い立たせるように拳を握りしめた。