16、シオンの3分クッキング
シオンは納屋の片隅でバイクをいじっていた。工具を握る手つきも、もう慣れたものだ。調整が終わるたび、彼の表情はわずかに引き締まる。
「そろそろ調整も覚えたし、ここを離れる頃合いか。」
独り言のようにそう呟いて、再び手を動かした。
一方、ラファは裏庭で試し撃ちを続けていた。標的となる木の幹を見据え、息を整える。何度も反復練習をするうちに、動作は確実に滑らかになってきていた。
ふと気配を感じ、ラファは店の裏口が開くのを目にした。銃を右脚のホルスターにしまい、顔を上げる。
「ロジャーさんかな?」
まだ昼には少し早いが、声をかけにきたのだろうと思い、軽く頬の汗を拭いながら近づく。だが、裏口に立っていたのはロジャーではなかった。
銀髪の女性。無表情な顔立ちに鋭い目、どこか冷たい雰囲気をまとったその姿に、ラファは思わず軽く会釈をした。だが、次の瞬間、彼女の手がラファの腕を掴んだ。
「あなた、シオンと一緒に目撃情報が上がっていた女の子ね。」
女性の声はどこか嬉しそうに響いたが、その表情は全く動かなかった。感情が見えないその冷たさに、ラファは一歩も動けずにいた。
「え……?」
戸惑いの声を漏らしたその時だった。背後から足音が聞こえ、ロジャーが店の中の方から近づいてきた。
「おい、あんた、何してる?」
ロジャーの低く警戒心を帯びた声が響く。彼は迷わず女性の肩に手を伸ばした。だが、その瞬間、銀髪の女性の空いていた左手がすっと動き、ロジャーの手に重ねられた。
「悪いけど、少し黙ってて。」
その言葉と同時に、彼女の手のひらから青白い閃光が走った。
「ぐっ……!」
電流がロジャーの体を貫き、彼はその場に膝をついた。苦痛に顔を歪めながらも、なんとか視線を上げ、女性を睨みつけた。
「な、何者だ……」
女性は微笑みもせず、ただ冷たくラファを見下ろしていた。その手はまだラファの腕を掴んだままだった。
「さあ、案内してちょうだい。
シオン、どこにいるの?」
ロジャーは膝をついたまま、苦しげに女性を睨みつけていたが、電流に痺れた体は動かせなかった。ラファは必死に腕を振りほどこうとするが、相手の力は想像以上に強かった。
シオンは作業を中断し、物音の方向に顔を上げた。納屋の隙間から外を覗くと、ラファが銀髪の女性に腕を掴まれているのが見えた。その傍らにはロジャーが倒れていて、苦しそうに呻いている。
シオンの眉が険しくなる。特徴的な銀髪と冷たい表情――間違いない、あいつはエウだ。
「気持ちの悪い女が……」シオンは小さく呟いた。
エウは弟に執着しすぎるあまり、シオンを目の上のたんこぶだと考えている。彼女は執拗にシオンを排除しようとしてきた。弟がシオンを捕まえるために警備部の人間を総動員している以上、この場にエウが現れたのも納得だった。
「面倒な奴が来たな……」
シオンは短く息を吐き、冷静に納屋の中を見回した。何か打開策はないか。時間はない。
釣り道具、害獣用のトラバサミ、発電機、ガソリン……そして、大量の玉ねぎが目に入った。
目に留まった大量の玉ねぎをじっと見つめた。アイデアが閃く。
「玉ねぎ……これならいけるかもしれない。」
彼は急いで玉ねぎを手に取り、大ぶりな玉ねぎをいくつか選び、刺激成分を最大限活かすために、細かく切り刻んでいく。刻みながら、あの強烈な匂いが目に染み、自然と涙が溢れ出てくる。
「これで十分な刺激はあるはずだ……
問題はどう拡散させるかだな。」
シオンは作業を一旦止め、再び周囲を見回す。ガソリンのタンクが目に入った。
次に、散布する仕組みを作る必要があった。棚の上にあった古びたガラス瓶を見つけると、そこに刻んだ玉ねぎを詰め込み、さらに少量のガソリンを追加した。瓶の口には布を詰めて栓をし、それを発火剤として利用することにした。
「即席の催涙弾ってところだな……」
最後に、燃焼させるための点火装置を簡易的に作り、瓶に巻き付けた布に結びつける。
「完璧ってわけじゃないけど、
これであの女の隙を作れる。」
シオンは自作の催涙手榴弾を手に取り、少しだけ揺らして中身の動きを確かめた。
「よし、いける。」
彼は納屋の隙間から再び外の様子を伺った。ラファは依然として銀髪の女性――エウに腕を掴まれている。
シオンは玉ねぎの催涙弾を手に、静かに納屋の影から姿を現し、決行のタイミングを計った。