15、次なる来客
ロジャーは薪を斧で割りながら、目の前で裂ける木の音に耳を傾けていた。森の静寂を破る音は心地よく、なんとなく胸の内のもやを切り裂いてくれるようだった。
ラファとシオンが店に来てから数日。忙しなかった日々に少しずつ賑やかさが戻りつつあった。娘が家を出て行って以来、こんなにも家族に似た温かみを感じることはなかった。ロジャーは一瞬、遠い記憶に意識を巡らせる。妻の笑顔、娘の笑い声、それに続く家の中の沈黙――。
しかしそんな感傷も、来客を知らせるベルの音によって中断された。ロジャーは斧を薪の上に置き、店内へ戻る。
そこに立っていたのは、銀髪の女性だった。長身で堂々とした佇まい、目元には鋭さが宿り、見る者を圧倒するような気の強さが感じられた。
ロジャーは一瞬だけ彼女を見上げると、軽く笑いながら口を開いた。
「いらっしゃい。おたくみたいなべっぴんさんがうちに何をお探しだい?」
女性は何も答えず、視線を鋭く巡らせながら店内を見回している。ロジャーはそんな彼女を気にするそぶりもなく、手を擦りながら続けた。
「うちは護身用具から狩猟のお供まで、何でも銃に関しては揃ってる。ま、田舎の店だから品揃えには限りがあるけどね。」
その言葉にも耳を貸さず、銀髪の女性はゆっくりと歩み寄り、コートの内ポケットから一枚の写真を取り出した。無造作に差し出された写真を見て、ロジャーの視線がわずかに鋭くなる。
「駐車場にあった車。この写真の子じゃない?ここにいるのかしら?」
女性の声は低く抑えられていたが、確実に答えを求める強い意志が感じられた。
ロジャーは一瞬だけ写真を眺めた後、にやりと笑みを浮かべた。
「悪いね、こんな田舎じゃ似たような顔も多いし、覚えてないなぁ。」
彼女の目が細まり、ロジャーを鋭く見つめたが、彼は全く動じる様子もなかった。そのやり取りの静けさが、店内に不穏な空気を漂わせた。
ロジャーは店のカウンター越しに銀髪の女性を観察しながら、その問いに慎重に答えた。
「その子がどうかしたのかい?」
女性は鋭い視線をロジャーに向けた。彼女の眼差しは、ただの興味や確認を超えた圧力を帯びていた。
「質問に答えてくれるだけでいいの。ここにいるのかどうか。」
ロジャーは一瞬だけ間を置き、あえて軽く笑ってみせた。
「いやぁ、うちは物好きな連中がよく寄るからね。その子かどうかなんて覚えちゃいないよ。」
しかし、女性はロジャーの態度に惑わされる様子もなく、写真をしまうと、店内をゆっくりと見回しながら歩き始めた。彼女の仕草や足取りには迷いがなく、まるで獲物を追い詰める捕食者のような冷徹さがあった。
「ずいぶんのんびりした場所ね。こういう静かな場所って、逃げるにはうってつけだわ。」
女性が意味深に言い放つと、ロジャーは肩をすくめ、薪割りで鈍った筋を伸ばすように大きく体を反らせた。
「静かなのは良いことさ。都会の喧騒に比べりゃ、ここは天国だ。」
彼の声は穏やかだったが、その裏には警戒心が隠されていた。
銀髪の女性はロジャーの返事には特に興味を示さず、再び写真を取り出すと、カウンターにそっと置いた。
「この子を見つけないといけないの。個人的な用事だけどね。」
ロジャーは写真を見下ろしながら、わざとらしく目を細めて考える振りをした。
「まぁ、こんな子が近くにいたら、目立ちそうなもんだがね……」
そのとき、裏口の方から微かに聞こえてきた銃声が二人の会話を切った。銀髪の女性の表情が変わり、すぐに音の方向へ目を向ける。
ロジャーは内心で舌打ちしながら、あくまで平然を装い、笑みを浮かべて言った。
「おっと、裏の森じゃよく動物が出るんだ。試し撃ちしてる客もいるから、驚く必要はないさ。」
だが、女性の目はまるで獲物を追う鷹のように鋭く、ロジャーの言葉を信用しているようには見えなかった。
「試し撃ちね……なら、見学させてもらおうかしら。」
女性は静かに言い残し、裏口の方へと歩き始めた。ロジャーは彼女の背中を見送りながら、深いため息をついた。