14、中間管理職の憂鬱
工場地帯の一角。磁力で宙ぶらりんにチェイサーは、忌々しげに顔をしかめながら状況を打開する策を模索していた。そのとき、不意に間延びした声が聞こえてきた。
「大丈夫ですかー?助けますー?」
その声の主は、あくびをしながら近づいてくる少女だった。長い水色の髪が揺れ、どこか眠たげな目をしている彼女は、チェイサーを見つけるなり片手をひらひらと振った。
「おい、シーか。」
チェイサーは少し驚いたような声を上げた。
「悪いな、坊ちゃんにいっぱい食わされた。」
すると、シーは大きくため息をついて肩をすくめた。
「ホントに~、私もさっきまで街の北側で捜索してたんですよ。そしたら、誰も連絡よこさないし。ほんっとブラックだよね~、この警備部。人手足りないからってあっちこっち一人で回らされて……。で、チェイサーさんも一人でここに来たんですよね?」
「そうだよ。」
「だ・か・ら! それが問題なんですよー!こんなに人手が少ないのに、無理させすぎじゃないですか?私なんか休憩時間も削られて、飯もまともに食べられなくて~……もう、過酷労働以外の何物でもないって感じですよね~!」
自分の事話しながら、シーはさらに口を滑らせた。
「しかも、さっきも小屋でちょっとだけ休もうと思ったら『敵の痕跡を確認』とか指示されちゃって。どうせならまともな装備とか支給してくれればいいのに~。ほんっと割に合わない!」
宙に放り出されたままのチェイサーは、シーの文句をしばらく聞いていたが、耐えきれずに溜息をついた。
「悪いが、文句はあとにしてくれ。早く降ろしてくれよ。」
「んー、まぁいいですよー。私もこの状況嫌だし、サクッと片付けて帰りますか~。」
シーは面倒くさそうにクレーンの磁力を解除し始めた。磁力が解けた瞬間、チェイサーは腕を回して身体をほぐしながら、次の行動を考え始めた。
そんなチェイサーをぼんやりと見つめながら、シーはさらに呟いた。
「でもさ~、坊ちゃんにやられるなんて、チェイサーさんも疲れすぎなんじゃないですか~?警備部の過酷労働が原因なんですよ、きっと~。」
チェイサーはぐっと額に手を当てて頭を振った。
「黙れ。」
シーの間延びした文句が工場に響き渡る中、チェイサーは無言で次の一手を練ることに集中した。
「おい、シー。この近くの捜索に他に誰が来ている?」
シーは眠そうに欠伸をしながら、端末を取り出して操作を始めた。
「えーっとですねぇ……」
しばらく画面を眺めた後、指で数えながら名前をあげる。
「ヘックスさん、レックくん、それと……エウ姐さんですねー。」
その名前を聞いた瞬間、チェイサーの表情が一変した。明らかに険しくなり、考え込むように視線を落とす。
「……不味いな。」
頭を掻きながら低く唸るチェイサーを見て、
シーが首をかしげた。
「どうしたんですかー?」
チェイサーは深いため息をつき、重々しく指示を出した。
「シー、急げ。この近くにいるなら、まずエウのところに行け。坊ちゃんに接触させるな。」
「了解です!」
シーは敬礼しながら元気よく返事をすると、
駆け出していった。走りながら「やっぱり過酷労働だ~!」と愚痴をこぼしつつ、森の中へ姿を消していく。
チェイサーは考える…
「エウが坊ちゃんに接触したら……絶対に命を狙う。」
エウはシオンの弟を激愛しており、弟のためなら手段を選ばない。それどころか、彼女にとってシオンは「目の上のたんこぶ」でしかなく、ずっと邪魔者扱いしてきた。
チェイサーはため息をつき、こめかみを押さえた。
「捕縛が命令だろうと、あいつは気にしない。シオンを消すチャンスだと思えば、命令なんか簡単に無視するだろうな……。」
エウの異常な執着心と冷酷な性格を熟知しているチェイサーは、急いで対策を練る必要があると感じていた。このままではエウがシオンを見つけ次第、何をするか分からない。
「厄介な状況になったもんだ……。」
チェイサーは心中で毒づきながら、周囲を見回し、一歩ずつ静かに歩き出した。