13、束の間の時間
ロジャーはラファの様子をじっと見つめ、ふと穏やかな笑みを浮かべた。
「ラファ、その銃、使い方をちゃんと覚えとけよ。裏に森があるから、試し撃ちでもして感覚を掴むといい。」
ラファは一瞬驚いたようにロジャーを見たが、すぐに頷いて銃を握り直した。
「分かった。ちょっとやってみる。」
ロジャーは手を軽く振って、店の奥にある裏口を指し示した。
「そこから出て行けばすぐ森だ。弾は最初から装填してあるが、安全装置は必ず確認しておけよ。」
ラファが裏口に向かうのを見送ると、ロジャーはふっと表情を引き締め、隣に立っていたシオンに向き直った。
「で、お前さん……話してくれないか。ラファはどこでどうして、こんな危ない目に遭ってるんだ?」
シオンは、ロジャーの鋭い視線に一瞬だけ目をそらし、ぼそりと独り言のように呟く。
「彼女はただ巻き込まれただけです。僕の事情で。」
ロジャーは眉をひそめた。
「お前の事情だろうと、あの子を危険に晒していい理由にはならんぞ。」
シオンは無言でロジャーの言葉を聞いていたが、やがて顔を上げて、少しだけ苦い笑みを浮かべた。
「分かっています。でも彼女は、危険に対してただの被害者でいるような人じゃない。強い人です。」
ロジャーはその言葉にさらに不審そうな顔をするが、シオンの目をじっと見つめると、やがて軽く息を吐いた。
「強いかどうかはともかく、あの子は俺にとって昔から気にかけていた子だ。俺の知ってるラファは、そんな強気な顔をするタイプじゃなかったがな。」
シオンはそれ以上何も言わず、店内の壁に掛かった古びた写真や装飾を静かに眺めていた。その沈黙に、ロジャーもまた言葉を飲み込み、二人の間に一瞬の静寂が流れる。
外から、銃声が小さく響いた。それに反応してロジャーは小さく微笑むと、再びシオンに向き直った。
「まあ、あの子を頼む。……それだけだ。」
シオンはわずかに目を細めてロジャーを見たが、何も言わずに軽く頷いた。
シオンは、静かにポケットから小さな銀の箱を取り出し、それをロジャーに渡した。
ロジャーは銀の箱をじっと見つめながら、眉をひそめた。
「こんな物渡して……なんだこれ?」
「中身を知らなくてもいいです。ただ、保険に持っていてもらいたいだけです。」
シオンの落ち着いた声に、ロジャーは少し戸惑いながらも、渋々その箱を受け取った。
シオンはわずかに微笑んで頷いた。
そのとき、裏口から明るい声が響いた。
「シオン! この銃、結構いけるかも!」
ラファが満面の笑顔で店内に戻ってきた。その顔には、先ほどの不安な表情の面影はなく、自信に満ちているようにさえ見えた。
「裏の森、すごく静かだったよ。試し撃ちにはもってこいだね!」
彼女が手に持つ銃をロジャーに見せると、ロジャーは目を細めて満足げに頷いた。
「そりゃいいことだ。
銃が気に入れば使い方も上手くなる。これから先、ちゃんと役立てるんだぞ。」
ラファは笑顔で頷いたが、ふと店の裏手に目を向けた。そこにはサイドカーのついたバイクが止まっている。
「ねえ、あのバイク……なんでこんな場所に置いてあるの」
ロジャーはラファの視線の先を追い、バイクを見た。その瞬間、少し表情が曇ったが、すぐに穏やかな声で答えた。
「あれか。あれは今はもう乗る人がいないが……大切な思い出だ。昔、俺の妻が使ってたんだよ。」
ラファが驚いた顔を見せると、ロジャーは少しだけ笑って続けた。
「妻は冒険好きな人でな、あのバイクが相棒みたいなもんだった。サイドカーにはいつも犬を乗せて、一緒にいろんな場所を旅してたんだ。俺が言うのもなんだが、絵になる光景だったよ。」
ロジャーの声に一瞬温かみが感じられたが、その後すぐに静かな寂しさが漂った。
「でも……その犬も妻ももういない。だから捨てようかとも思ったが、どうしても手放せなくてな。整備ばっかりして、結局ここに置きっぱなしだ。」
ラファはしばらく黙っていたが、
目を輝かせてバイクをじっと見つめた。
「それ、私たちが使っちゃだめ?
いや、使わせてもらえないかな?」
ロジャーはその言葉に目を細めて考え込んだ。
「そうだな、シオン、お前がちゃんと整備して使うってんなら……それもいいかもしれない。さすがにこのまま錆びさせるのも妻に悪いしな。」
そう言うと、ロジャーは軽く笑い、
少しだけ肩を落とすように息をついた。
「ただし、しっかり整備してからだ。エンジンの調子が怪しいところもあるからな。シオン、お前がちゃんと仕上げられるなら譲るよ。」
「任せてください。」
シオンは短く答える。ラファはロジャーに礼を言いながら、サイドカーを撫でるように見つめていた。
工場地帯の喧騒を離れ、静かな森の中にひっそりと佇むガンショップ。「ルビーウルフ」は、ラファとシオンの新たな拠点となりつつあった。ロジャーは腕を組み、黙々と整備作業を進めているシオンを見守りながら、時折指示を出していた。シオンは集中した表情で手を動かし、バイクのエンジン内部を調整していた。
ラファは店の裏で銃を持ち、数メートル先の木をターゲットにして練習を重ねていた。銃声が響くたび、彼女の目は輝き、肩の力が抜けていく。何度も構え、引き金を引くその姿に、シオンはふと手を止めて振り返った。
ロジャーがその音に気づき、整備中のバイクから顔を上げて言った。
「おい、ラファ。最初にしては上出来だな。」
ラファは驚いたように振り返ると、恥ずかしそうに笑いながら銃を下ろした。
「本当に?全然当たらない気がするけど……。」
ロジャーは鼻を鳴らしながら頷いた。
「そりゃ的が小さいからそう感じるだけだ。腕の使い方も悪くないし、姿勢も崩れてねえ。素質あるぞ。」
その言葉にラファは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みを見せた。
「ありがとう、ロジャー!」
彼女のその様子に、シオンは微かに笑いながら作業を再開した。
だが、その静かな時間は長く続かなかった。