10、相性最悪
ラファは目を閉じ、手の近くにあったレンチを握り締める。息を整えたあと、思い切りチェイサーに向かって全力で投げつけた。
金属が風を切る音が響いたが、チェイサーは当然のようにそれをかわした。
「おっと、お嬢ちゃん、そんなもんじゃ――」
チェイサーの言葉を最後まで言わせず、ラファは能力を発動させ、一気に加速して飛び出した。
しかし次の瞬間、チェイサーの姿が揺らぎ、あっという間にラファの目の前に迫る。
「くっ……!」
ラファは全力で動いたつもりだった。それなのに、ほとんど距離が取れていない。彼女の顔には絶望の色が浮かんだ。
「悪いな嬢ちゃん。」チェイサーは冷たく言い放つ。「俺たち、相性最悪なんだよ。」
その言葉と同時に、チェイサーの右手が鋭く振り下ろされる。
ドンッ――!
その一撃がラファの体を捉えた。軽い体が床を転がり、鈍い音を立てて鉄材にぶつかる。
「ぐっ……!」
ラファは痛みに顔を歪めながらもすぐに起き上がった。体中が悲鳴を上げているが、ここで止まるわけにはいかない。
再びベルトコンベアの影に身を潜め、体勢を立て直す。だが頭の中ではシオンの指示が響いていた。
「あの左腕を使わせろ……」
「無茶苦茶な指示じゃない……?」ラファは苛立ちを抑えつつ、必死に周囲を見回した。
目に飛び込んできたのは、吹き抜け構造になっている工場の2階部分だ。古びた鉄骨の階段が見える。
「……あそこだ。」
ラファは決意を固める。どうにかチェイサーをあの高所に誘導し、左腕を使わせるチャンスを作るしかない。
「まだやれる……!」自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
ラファは痛む体を動かし、チェイサーの注意を引くためにわざと鉄材を蹴った。大きな音が工場内に響き渡る。
「おいおい、どこに隠れたつもりだ?」チェイサーが余裕の表情を浮かべながら音の方に向かってくる。
ラファはそれを確認すると、素早く階段の方へ走り出した。
ラファが2階に駆け上がるのを見たチェイサーは、冷たい笑みを浮かべながら左腕を構えた。
「逃げ場なんてないぜ、お嬢ちゃん。」
その言葉とともに、チェイサーの左手がシュルルルと音を立てながら手すりへと飛び出した。鎖がピンと張り、左手が一瞬で2階の手すりに絡みつく。
「捕まえた――!」
だが、チェイサーの勝利の声が響いた瞬間、突如、耳をつんざくような金属音が工場内に鳴り響いた。
「なっ……?」
チェイサーが驚きの表情を浮かべる。彼の左手は、どこからともなく稼働し始めた磁力式クレーンの巨大な磁石に絡め取られ、力強く引っ張られていた。
「クソッ、これは――!」
チェイサーは必死に鎖を巻き取ろうとするが、磁力の力はそれ以上に強力だ。鎖が音を立てながら引っ張られ、ついに彼の左手は完全にクレーンの磁石に貼り付いてしまう。
「チェイサー、これで終わりだ!」
工場の一角から現れたのはシオンだった。彼は手元の操作盤を握りしめながら、クレーンを巧みに操作していた。
「坊ちゃん……またやりやがったな。」チェイサーは苦笑いを浮かべながらも、体が引っ張られて身動きが取れない状況に焦りを隠せない。
「お前の左手は厄介だが、それを使えば必ず隙ができると思っていたよ。」シオンは冷静な声で言い放つ。
チェイサーは舌打ちしながらも、鎖を切断しようと右手で懐からハンドアックスを取り出そうとする。だが、磁力の影響で金属製の武器はすべて引っ張られてしまい、取り出せない。
「ちっ……!」
「ラファ、今のうちに降りてこい!次の準備に移る!」
シオンの声に、ラファは2階の手すりから顔を覗かせた。
「ありがとう、シオン!」
そう言いながら、ラファは素早く階段を降り、シオンの元へ向かう。チェイサーはなおも抵抗しているが、その左手が磁石から離れる気配はなかった。
「次の準備って、何をするの?」ラファがシオンに問いかけると、彼はにやりと笑った。
「今のうちにここを出る。それ以外に何がある?」
二人はすぐさまその場を離れるべく走り出した。チェイサーの怒声が背後に響く中、二人は再び闇の中に消えていった――。