01、プロローグ
薄暗い研究室の中、机の上には山のような資料が積み上がっていた。その中には数年分の研究データ、未提出の論文のドラフト、そして無造作に書きなぐられた計算式が散らばっている。そのどれもが、世界を動かすかもしれない「発見」の鍵だった。だが今、この少年博士にとってそれらはただの紙切れに過ぎなかった。
「……ここに置いたはずだよな」
少年は一枚の資料を探しながら、乱雑に置かれた物を次々と床に投げ捨てる。その小柄な体型に似合わないスピードで動く様子は、必死さを物語っていた。
「これじゃない、これでもない……ああ、もう!時間がないってのに!」
時計の針は夜中の2時を回っている。だが、博士にとってそれは重要なことではなかった。重要なのは―― いかにして生き延びるか、だ。
少年は足元に散らばった紙を一瞥し、ため息をついた。そしてようやく手に取った一枚の紙。そこには、太い字でこう書かれていた。
『元軍人リスト』
「これがないと始まらない……」
彼は椅子に腰を下ろし、リストに目を通した。名前、経歴、得意分野、そして何より“信頼度”の項目が並んでいる。それぞれの名前の横には赤ペンでチェックマークや大きなバツ印が付いていた。
「護衛か……どんな奴がいいんだ?」
少年の脳裏に、数時間前に聞いた言葉が蘇る。
『兄さんはもうダメだ…そろそろ隔離しよう。』
実の弟の言葉だった。
相棒。そんなものがいれば苦労はしない。少年は不機嫌そうにリストを見つめた。だが次の瞬間、ふっと口角を上げた。
「……これだな。」
紙の隅に書かれた、たった一人の名前を指でなぞる。その名前にはこう書かれていた。
『能力:疾走「瞬間的な加速」』
少年は静かに席を立ち、決意を固めた。逃亡生活はここから始まる――相棒を見つけることから。