8
街を出て、30分ほどの一人旅。それはいつも…いや、過去に来た中で明らかに新記録だった。なにも会話、やりとりがなかったからに違いない。時間にして1時間以上早かった。
森に入り、わずか数分、案外…いや、予想より遥かに早く、目的の存在が視界に入ってきた。
人よりも一回り大きな体躯、顔立ちは豚で、服は見窄らしく布を纏っただけの存在…オークだ。
「確か数体ほど…だったっけ?」
マインはなんでもないことのように呟くと、手袋をはめていく。
その手袋は漆黒で、手の甲に当たるところには上下左右対称の白い十字架が描かれている。
両手にそれをはめ終わった頃、どうやら獲物を探していたらしいオークがこちらに気がついたらしく、叫び声を上げながら、迫ってきた。
「ブモォォォォーーーーっ!!」
武器は棍棒。
マインはそれを振り下ろしてくるそれを半身で避け、オークの手首あたりを掴むと、勢いそのままに放り投げる。
「せいっ!」
ドシーンッ!!
「グボッ!!」
投げ飛ばされ木の体を打ち付けたオークはなにが起こったのかわからず、呆けたような様子であたりを確認していた。
そして、マインを見るなり、その紅い瞳を更に怒らせ、立ち上がってからはより荒々しい野生の獣のごとき突撃をかましてくる。
…っ…怒らせちゃったかな?さて…ここは武器は軽く受け流しつつ、腹に一撃入れて、ヘイトをこちらに向けようかな?
それでアルトかミリアンの魔術で……。
マインはいつものようにそう考えて、棍棒を避けた。
そして一撃を入れようとしたところで、思い出す。
「……あっ…。」
……そういえば、2人ともいないんだった。付け加えるなら他の2人も…。
そんな声とともにマインはオークに拳を打ち込む姿勢のまま停止した。
それは大きな隙。
オークとしてはなぜかはわからないが、素早かった人間の動きが止まり、あまりに隙だらけのそれを晒していた。オークはチャンスと思い、振り下ろした棍棒を再び持ち上げると、もう一度マインへと渾身の一振りを……。
「ブモォォォォーーーーッ!!!」
しかし、それがそのオークの最後の言葉となった。
「ふう…危ない危ない。まずは一体。」
一呼吸遅れで、血が吹き出し、柱のようになる。
マインの指先は真っ赤な血で濡れており、その傍らにはいやらしく笑ったオークの首。カランカランと棍棒が転がり、それがその存在の勇ましく戦った跡となっていた。
「……はははは……1人なら、こんなに簡単にオークって倒せたんだ…。」
あまりにも簡単に片付いた結果に、マインは血塗られていない方の手を額に当てると、どこか悲しそうに笑う。
Cランク相当の魔物を簡単に倒せた。それはBランク冒険者としてはかなり誇るべきことである。それは誰が否定するわけでもないことには違いない。
しかし、今のマインとしてはそれはそれほど嬉しいことではなかった。
マインはパーティーのタンク役。タンク役というのは、魔物なんかの敵対者のヘイトを集め、また調整し、高火力攻撃ができる後衛や中衛、マインのパーティーでは、アルトやミリアンの攻撃をサポートする役目だった。
正直、その役目は危険で割に合わないものだし、面倒ではあったが、敵対者を倒せば、幼馴染たちと一つのことをやり遂げたという達成感を分かち合うことができ、どうやらそれはマインの心を満たしてくれていたらしい。
そんな気づきを今更ながら、感じていたマイン。
「……っ……。」
でも、森はマインにそんな失ったものに感傷する時間を与えてはくれないらしい。
先ほどこのオークが現れたあたりから物音がした。
現れたそいつはこちらを見て、一瞬固まったものの、すぐにその硬直が途切れると、喉が掻っ切れんほどの叫び声を上げた。
「……ブモォォォォーーーーっ!!」
その声は怒りに震えたそれで。
それは森中に響き渡る。
それに反応し、木々が揺れ、あらゆる方向からこちらへと向かってくる気配を感じた。
マインはもうさっきのような失敗はしないと本気になり、表情を消すと、「…ごめんね。」と呟いた。
……そして気がつくと、周り中は血の海となって、オークたちは全て手刀のもと、首を的確に落とされていた。
その中心には、息一つ乱すことなく、表情を失ったままのマイン。
「…………ふう……。」と一息をつくと、ようやく表情を取り戻し、またすぐにそのことを忘れて、いつものようにパンパンと手を打ち鳴らし……。
「アルト、みんな、さあ、急いで片付け………っ!?」
マインの打ち鳴らした手。
……それはゆっくりと下ろされ、マインは悲しそうに微笑むと、作業に移りだした。
「……そうだったね……みんないないんだった…。」
討伐証明部位である右耳を切り落とし、次々とマジックバッグへと入れていく。
やり遂げたことは、パーティーでやっていた時以上…しかし、その背中は寂しげで…目元からはキラリと輝くものが静かに流れた。