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マインはアンが出ていくと、髪を適当に纏めて朝のお祈りを済ませて、身支度を整え、下へと降りていく。
食事どころにつくと、野菜スープにパンという、アンが言っていたものが出された。
パンはいわゆる安い黒パンながら、スープは野菜がゴロゴロと入っていて、見るからに美味しそうだ。
正直なところ、マインのようなダンジョンなんかに潜る冒険者の食事にしては、質素といえば質素だが、どんなに忙しくても昼食も基本的に抜いたりしないマインとしては朝の食事というやつはこれくらいの方がいい。
「…いただきます。」
マインは食事の前の祈りを省略し、早速スプーンで野菜スープを掬い、口にした。すると…
「……おお…。」
…自然と歓声が漏れた。
それは絶妙な味付けだった。
おそらく味付けはシンプルに塩がベース。細かく切った皮のついた鶏肉、野菜をじっくりと煮込み、最後にハーブかなんかの香辛料を加えたのだろう。鶏の旨味、野菜の甘みの中でハーブの香りがまったく飛んでいない。
後味は仄かに花のような香りがしている。
スッ…はむ……ごくり。
「……ふむ。」
再び口に含み味を確認するが、食材は特別なものを使っている様子はない。よもや低コストでこれほどの味を生み出すとは、この店主中々にやる。
…これはもっと食べなければ。
マインはそう心に決め、凄い勢いで舌鼓を打っていると…。
スッ。ごく。スッ。ごく。スッ。ごく。スッ。ごく。
もぐもぐ。スッ。もぐもぐ……スッ……。
……と、まあ、こんなペースで飲んでいれば、すぐになくなってしまうのは、当然だろう。
「…あっ…。」しゅん。
視線の先には、空っぽとなったスープの器。それはそれは綺麗に食べ尽くされ…器を舐めれば味を感じるかもしれないが、それは人として不味いので、誰もするまいという状態になったもの。
…そして、その横には、固いと名高い黒パン。
丸々としたそれが、まるでラスボスかのごとくゴゴゴゴッと鎮座していた。
「……ま、マジか…。」
せっかく一期一会、あんなスープを食べたというのに、朝ご飯は固いなにかを食べたという記憶に塗りつぶされるのだから。
これは心が折れる。
「…はあ…。」
せめて最後の一口くらい残しておけば、今日一日、微かな希望を持っていられたというのに…。
そうマインが日常の中にある小さな絶望に打ちひしがれていると…。
「サービスですよ。」
「……ん?……えっ?いいの?」
「はい。」
なんと、アンの母親らしき美人さんがおかわりを持ってきてくれたのだ。
こんなこと、村にいた時以来だ。
いつもなら、さっさと出ていけとばかりに、食べている途中に片付けられてしまうこともあるというのに。
これには、マインもパーっと表情が明るくなり、輝かんばかりの笑顔をアンの母親へとプレゼント。
「ありがとう、えっと…。」
「っ!?……アニタです。」
「うん、ありがとう、アニタさん。それじゃあ、いただきます!」
「っ……ええ、それでは。」
マインがお礼を言った後、アニタの様子がどこかおかしかった気がしたが、目の前の絶品スープを前にそんなことは、すぐに頭のどこかへと行ってしまった。
「…うん…うん、おいしい。」
…なにはともあれ、マインの小さな絶望は取り除かれた。
そんなこんなで、朝からいい気分になり、昨日とは打って変わって、少しばかり満足げな様子で、宿【ニャンニャン亭】をあとにするのだった。