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私はアン。


宿屋のアン。十歳。趣味は噂話と恋バナ。夢は王子様のようにカッコいい男の子との結婚という普通の女の子。


ああ…どこかに王子様みたいな男の子の人はいないかしら?


え?近所の男たち?


いや〜……あの子たちはちょっと…子供っぽいし…。カッコよくも…ねぇ…。


せめて勇者様くらいじゃないと…ねぇ…。


アンの言い草はあまりにもひどいものだと大人ならば言うことだろう。


しかし、アンは子供である。理想は高く、果てのない夢を見るのは特権だ。


…とはいえ、近いうちに現実と向き合うことになろうが…。


というより、アンももうわかっている。


なにせアンの家は宿屋だ。


多くの人がやってきており、自然と人間の顔のレベルというやつはわかるし、優しさなんかの人間性もまた同年代よりもわかっている。


いい意味で妥協は必要だ。


世の中にそんなイケメンや王子様はいない。


なんでこんなことを言い始めるのかって?


それは…



昨日のこと、夕飯時にオイクおじさんが聖職者風の服を着た、悪趣味…奇妙な仮面をつけた人物を泊めてくれと連れてきた。


邪教の神父。


アンの頭には真っ先にそんな言葉がよぎった。


アン自身、彼を見たことはあるし、確か勇者パーティーの一人だと知ってもいた。


身分もはっきりしてはいる。


しかし、彼は、アンの中で、この町に住むできることならばうちの敷居すら跨がせたくないランキングぶっちぎりの1位なので、できればお泊りいただくのはお断りしたい。


まあ、アンの一存でそんなことをできるはずもなく、結局泊めてしまった。


うちの両親の人の良さとオイクおじさんの信用度がアンの敗因だ。


なので、アンは決めていた。


アンは反対したのだから、彼の応対は全て父や母に任せると。


それはそうだ。自分でやったことは自分で責任を取る。それが大人なのだから。


でもまあ、そういう自分にとって都合の悪いことというものは、やはり望んでいなければ望んでいないほどに降り掛かってくるものなのだろう。



朝の配膳で忙しい時のこと。


「はあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」


絶叫が下の階に届いた。


「っ!?…えほえほ…な、なによっ!?」「一体何事だっ!」「な、なんだっ!?」


上からの声にお客さんたちが何事かと思い、騒ぎだした。


幸いみんな早起きしており、その声に起こされた人はいなかったが、それでもやはり、あまり良いものではない。お客さんたちは不満げだ。


特にスープを吹いた女性はちょっとキレている。


「…アン、なにかあったのかもしれないわ。ちょっと見てきて。」


「えぇ~っ!」


アンが嫌がるのは当然だ。なにせその声は()()お客様の部屋からなのだから。


「アン。」


アンは決めていた。でもやはり子供である。父はともかく母ということは聞かなければという本能が働く。


「ううう……わかったわよ…。」


しぶしぶ…嫌々…そう嫌々向かう。


「どうかしましたか?」


アンはノックもなしにドアを開け……そして固まった。


そこにいたのは……アンにとっての理想だったのだから。


振り向いたときに揺れる肩口あたりで整えられた銀の髪。同色の睫毛も長く、瞳は黄金の輝きを放つ。目元は優しげで、目鼻立ちは見たことがないほどに整っていた。一瞬、あまりの美しさに女性かとも思ったが、その声は女性にしては低く、彼はやはり男性なのだとアンの身体にわからせた。


「…誰……っと、この宿屋の子…かな?大きな声出しちゃって、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。」


男は申し訳ないと軽く頭を掻く。それもアンはじっと見つめていた。


「…仮面。」


「うん?」


「仮面取ったんです…ね…。」


男はアンが指差した掛け布団の方を見ると、一瞬目を見開き、それをどこか困惑した様子で拾い上げた。


「ん?……ああ…まあ、取ったというか、取れた?というか…ね…。」


割れた悪趣味な仮面を見つめる男のどこかはっきりとしない苦笑。それすらも絵になっており、アンの鼓動はやはり激しさを増していく。


このままここにいては心臓が止まってしまう。


そう思ったアンが「で、では失礼します。」そう部屋を出ていこうとしたところで、男はアンを引き止めた。


「…ちょっと待って。」


「ひゃ、ひゃいっ!」


なにかしちゃったかな?もしかして嫌われた?


ほんの一瞬のうちにアンがそんな頭の中でぐるぐるとした考えを回しているとは知らず、男は聞いた。


「ここって、朝食付きだったかな?」


…なんだ…そんなこと…よかった…変なことしちゃったんじゃなかったんだ。


「は、はい。パンとスープですが。」


「そうなんだ。ありがとう。引き止めちゃってごめんね…えっと…。」


「あ、アンっ!!……です…。」


アンは食い気味に男へと詰め寄り…そして、テレテレになった。


「そうなんだ、アンちゃん。僕はマイン。よろしくね。」


そうマインがそっと手を差し出すと、アンは恐る恐るといった様子で両手でその手を取り、ぎゅっと握った。


「はい、よろしくお願いします。」



そんなやり取りの後、準備ができたら、マインから下に行くからとご飯の用意を頼まれたアンはぽ〜っとした赤い顔で階段を降りていく。


すると、どうやら忙しい時間が終わったらしき母がやってくると、なにかあったのか聞いていた。


「アン、ずいぶん長かったけど、なにかあったの?」


「えっ?…う、ううん!なんにもなかったよ!!あったけどなかったから!!」


どっちなのよとわけがわからんと作業に戻る母。


それはいつものようにテキパキとしたものだった。


しかし、準備を終えたマインが階段を降りてくるとすぐに、初めてマインの素顔を見たアンのようになったのだった。


やはり母娘だ。


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