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そして、ドンキから剣を受け取ってから、数日。
『…!……っ!!』
『……っ!!』
『……て……やが…!!』
『…だと……のやろ…!!』
マインも臨時診療所での治癒にも慣れてきた頃のこと、一呼吸お茶をしていると、ふと部屋の外が騒がしいのに気がついた。
「なにかあったのかな?」
マインがそうふと尋ねてみると、マリアが様子を見てきてくれるというので、任せることにすると、程なくしてマリアのよく通る怒鳴り声が聞こえてきた。
『なんだと、貴様っ!!』
「うわっ!」
戻ってきたマリアのためにと一息つくためお茶でも準備しようとしたところ、急にそんな大声が聴こえてきたため、驚きのあまり思わず椅子からずり落ちそうになるマイン。
そこからなんとか踏ん張り、身体を起こすと、彼は何があったのかと外に顔を出した。
ガチャ……。
「あの…やっぱりなにか…?」
すると、マリアと男が睨み合うようにしており、彼女の方はというと飛びかかろうとでもしたのか半分取り押さえ掛けられていた。
マインは男の方にも見覚えがあり、思わずその名を口にする。
「…あれ?トランザム司教?」
すると、そんな呟きが聞こえたのか、彼の取り巻きの1人が声を上げた。
「司教様!あいつ!アイツですよ!!アイツがうちよりやっすい報酬で治癒をしているヤツでさぁ!」
「ほう?アヤツが?」
トランザムはマリアのことなど、どうでもいいと視線をマインへと移すと、それと同時に取り巻きがマインの胸ぐらを掴んでくる。
「おうおうおう!貴様!この街に来て、司教様に挨拶もせず、商売…じゃなかった奉仕活動とは見上げたものじゃないか?ほぉん?」
「まあ、不文律だが、それに越したことはないな。」
そんな様子でまるでマインが礼儀知らずかのように、言い放ってくる彼らだが、マインからすれば何のことやらである。
「?いえ、挨拶ならちゃんと…。」
「「は?」」重なり合うトランザムたちの声。
それに対し、思い出して見てくださいと言葉を続けるマイン。
「ほら…1年くらい前に…。」
「「……。」」
「……あの…司教様…。」
「知らん。知らんぞ、儂はこんな奴!コヤツ嘘をつきおったな!」
「この野郎、太ぇ野郎じゃねぇか?まさか司教様相手に嘘なんて吐くなんて、舐めてんのか?あ゙あ゙ん?」
どうやら彼らにはあの仮面の聖職者がマインだとはわからなかったらしい。そんなふうに言葉を重ねると、再び取り巻きの方がマインの胸ぐらを掴んできた。
「いえ、嘘なんて…ほら一年前、教会を出禁になった。この仮面、覚えてません?『お前のような奴が教会にいたら、信者なんぞ来なくなるわ!!教会の中に入らなければ、奉仕活動なりなんなり好きにしろ!!』って…言われたんですけど…。」
マインは別に気に入っているわけではないが、なんとなく捨てるに捨てられずマジックバッグに入れていたそれを取り出すと、彼らに見せるようにひらひらと振って見せた。
正直なところ、彼がマインだと判別してもらうのに、この仮面を見てもらうというのは、長い時間説明するよりも楽であり、割と重宝している。
まあ、そもそもこんな仮面などなければ、こんな面倒をする必要すらなかったのだが…それはそれとして…。
「「……。」」
すると、トランザムたちはその仮面を見るなり固まった。そして…。
「「……あっ、もしかしてお前は…。」」
と、明らかに見覚えがあるという反応をした。
「あっ…今、『あっ…。』って…。」
ブン、ブンブン。
「「「「「……。」」」」」(お前たち知っているな…という周りの視線。)
「「……。」」(こっち見んなという2人。)
すると、居心地が悪くなったのか、主人を助けようとしたのかお付きがコホンと咳払いの後、口を開く。
「…と、とにかくだ。上納金…いやいや、報酬の一部を教会に…。」
そうお付きが続けようとすると、ギルドマスター室のドアがガラリと開き…。
「あら?トランザムさん、何かしら?」
と、この流れをより強くする1人の女性が現れる。彼女は背筋がピンと伸びたマインたちの親世代より少し歳上ながら、祖父母世代と言うのは流石に憚られる年代に見える女性であり、もしそんなことを口にしようものならば、余程気に入っている相手以外は背筋が凍るような事態になること請け合いの人物でもある。
そんな彼女に向かって、お付きは暴言を吐こうとして…。
「なんだテメェ!司教様に向か…って……っ!?」
…途中で目を見開き、それを止めた。その顔にはヤバいという文字が書かれており、徐々に後ずさると、はたから見ればまるでトランザムを盾にでもしているかのように見えるところで落ち着いた。
御付きが使い物にならないとわかり、心底嫌そうな顔を無理矢理元に戻したトランザムが口を開く。
「…これはこれはマダム。お久しぶりとでも言えばいいか?」
「ええ、お久しぶり。坊や。」
そうたおやかに微笑むマダム。
「っ!……。」
トランザムはマダムの言葉に苦虫でも噛み潰したかのように、苦々しい顔を作った。
そうトランザムはこの冒険者のギルドマスターマダム相手に頭が上がらないのである。
なにせ彼女は彼の父のことを知っており、当然のように息子である彼のことも子供の頃から本当によく知っている。
そんな相手に見られながら、上から目線で命令…しかもヤクザまがいに上納金を納めろなどというのはあまりにも心地が悪く、そのままストレートに言葉にするのはなんとも気が引けた。
しかしながら、彼の海よりも深く山よりも高いプライドというやつからすれば、こんな大衆の面前でなにをすることもなく逃げ帰るというのは選択肢になく、トランザムは思わず口を開く。
「…異端者マイン。貴様がその奉仕活動の利益を全て懐に入れようなどという行いを神が赦すことはあるまい。然らば、その利益を神の元に納めよ。以上だ…行くぞ!」
「へ、へい!」
そうして、2人は冒険者ギルドを出て行った。




