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マインがヨウキと出会ったのは、彼がこの街に来て少し経った頃のことだった。
マインたちのパーティーが勇者パーティーとなって少しの間は王城で厄介になっていたのだが、実際に勇者が王女の風呂の覗き未遂なんて厄介事を起こしてしまい、早々に王都を追い出され、王都から一日ほどのこの街への拠点の移動を余儀なくされた。
なんともしょうもない理由で、勇者と涙目のミリアンを除き、他のパーティーメンバーは呆れ返っていて、パーティーの空気もあまり良くなかった。
よくよく思い出して見れば、あの頃からマインへの当たりが強くなり始めていたのかもしれない。
あれって八つ当たりだったのかな?
…いや、それは今は関係のないことか…。
さてさて、それはともかくとして、王都からこちらへと拠点を移したマインたちは右も左もわからないここでの生活をスタートさせた。
馴染み始めていた店もまたすっかりとなくなり、新規の開拓。
これは一度経験してみればわかることだが、なんともキツいのだ。
まずイセリアは武器選び以外は戦力外で、その手のことにはまるで興味なし。
次にメイリンはお金を渡すと、服やら貴金属類なんかを買ってきてしまう。
その次は…というか、これはもう最後となるわけだが、商人の娘ミリアンは、海のものとも山のものともわからないようなポーションを選ぶ上、金に糸目をつけない勇者アルトと一緒に出かけてしまい、その商人譲りの審美眼は発揮されないのだ。
結果として、いかにも怪しい仮面をつけた、なんとも人当たりがよろしいとは言えないマインが買い出し係りに任命。
それはそれはほとんどのお店を追い出され、出禁にされたものだ。
そうして、マインがパーティーに、そして街にまで居場所がなくなりかけて困っていると、偶々とある依頼で一緒になったことがあったオイクがヨウキの店を案内してくれたのだ。
「姐さん、邪魔するよ。」
「?……ああ…オイク、あんた相変わらずオークそっくりね。思わず何発か強力なの装填しちゃったわ。」
「ちょっ!?ま、マジでやめてくれよっ!!姐さん、アンタ洒落にならない腕だろっ!!」
オイクの巨体のためまったく見えない会話相手、彼女の声はなんとも可愛らしいそれながら、彼の反応をみる…聞く限り単なる女性ではないらしい。
「ふ〜ん…で?そっちの後ろのは?もしゴブリオなら、このまま打つけど?」
「や、やめっ!?ま、マジでゴブリオじゃねぇからっ!!ほらっ!!」
大慌てのオイクがマインをヨウキに見せるため、一歩店の中へと踏み出し横に避け…。
「……。」「……どうも。」と、2人は初対面した。
「…あら、ホントに違ったのね。貴方は何点かしら?」
?何点?
そうマインが首を傾げていると、ヨウキはマインを見るなり目を見開いた。
そして、「ふ〜ん…。」と呟きながら、目の色を変え…。
「アタシの目を汚さないために仮面をつけてくるなんて、大分マシね。いいわ、あんたがここに来るのは許してあげる。感謝なさい。」
…と宣った。
確かこれでマインとヨウキの出会いとやらは終わり。
それから、マインはちょくちょく彼女のところに顔を出し、買い物ついでに愚痴を聞いたり、話し相手になったりなんてことをしていた。将来の目的なんてことも聞いたか?
…確か自分より美しい子供を産むことだった…かな?
2人の仲は友人。少し柔らかくなった気がするものの、口調もやはり初対面の時と同じような毒舌で、それ以上でもそれ以下でもなかったように思う。
…ついこの前、マリアの薬を貰いに来た時までは…。
「こんにちわ、ヨウキさん。ちょっと頼みがありまして…。」
「あら?マイン、いらっしゃい。いつものように趣味の悪い仮面をつけてご苦労な…こ…と……ねっ!?」
「うん、まあ、それ。取れちゃったんですけど…。これからもヨウキのお世話になりたいな…なんて…ダメですか?」
「……た。」
「あの…ヨウキさん?」
「……けた。」
「………?」
「見つけた。」
「……はい?」
「マイン、私、運命の相手を見つけたわ。」
「???」
「マイン…ううん、ダーリン!!今すぐ結婚して、子供を作りましょうっ!!」
これから、マインは宿にはぐったりとしたマリアがいるため、薬を貰って来ないわけにはいかず、物凄く大変な思いをした。
―
「…とまあ、ヨウキさんとはそんな仲…友人の1人という表現が適当だと思いますね。」
と、マリアの鋭い目つきになんとなく面倒ごとを予感したマインがそう結論づけた。
「……。」
マインの説明に無言を貫いていたマリア。すると、彼女がふと口を開き…。
「…じゃあ…。」
「?」
「じゃあなんで、あのエルフは裸エプロンなんてしているの?」
…なんて聞いてきた。
「……………さあ?」
なんででしょう?
熟考してはみたが、この問いに対する答えをマインは持ち合わせていなかったので、そう答えると、予想外のところから、声が出てきた。
「あら?そんなこともわからないの?」
ヨウキがはいお待ち遠様と先に自分のところへ、それから2人のところに皿を置くと、さあ食べましょうとスプーンをそれぞれに手渡してくる。
出てきた料理はオムレツ。
焼き加減が素晴らしく焦げ後一つない。見るからにふわふわとしたたくさんの空気を含んでいる最高の出来栄えのそれ。そして、それからはほのかに、マインの知るオムレツからは漂ってくるはずのない香りが…。
「…甘い香りがしますね。これは?」
「フルーツオムレツよ。中にフルーツが入ってて、ソースはいくつかのベリーをブレンドしたもの。人間の国ではあまりメジャーな食べ物じゃないけど、森って結構木の実や甘い果物なんかが採れるから、こんなアレンジをすることがあるの。」
「なるほど。そうなんですね。今度作ってみましょうか…。」
そうマインはひどく興味がそそられ、今の今まで考えていたことをすっかりと忘れていた。
しかしながら、どうやらその料理に気を取られるのが、マインどころではない者がいたらしい。
「…懐かしいな…これは…。最後にこれを見たのはいつ以来だろうか…。」
おそらく郷愁というものだろう。
マリアはそう呟くと、「…まさか再びこれにありつけようとは…。」と目元に涙を浮かべていた。
「…ほら。無駄話はいいから、さっさと食べちゃいなさいな。」
ヨウキはマインに視線を送ると、意図的にマリアから視線を外した。
そうして、少し遅めの昼食が始まる。
会話はマインとヨウキのそれのみ。
マリアは、オムレツを一口一口大切そうに食べていた。
……これで終わりなら、故郷の味を二度とは味わえないと思っていたエルフがそれにありつけ、めでたしめでたしというだけで終わりなのだが、ヨウキはそんなことを許すような女ではない。
…それは食事が終わり、この店を後にしようとした時のこと。
「それじゃあ、ヨウキさんありがとうございました。」
「…馳走になった。」
そうマインが店のドアを開き、どこかしみじみとした雰囲気を漂わせるマリアも外に出たところ…。
「待ちなさい。アンタたち。」
と、ヨウキに呼び止められた。
「どうしました、ヨウキさん?」
「…なんだ?ヨウキとやら…料理の感想なら、確か亡き母上のものと同じくらい美味しかったと…。」
「違うわよ。アンタたちの疑問に答えてあげようと思っただけよ。」
「?」
「……疑問だと…?」
マリアにはもちろん何もない。それにマインはレシピを聞いたし、他になんて…。
そう2人して頭に疑問符を浮かべていると、ヨウキはニヤリと笑い…。
「裸エプロンは男のロマンなのよ。くしゅん。」
…と色々台無しにしてくれた。




