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「ハァッ!ハァッ!ハァッ!!」
上段下段の斬りつけに、旋風すら生み出すのではと思うほどの突き。
それは剣の連撃というに相応しいものだった。
木刀と言えども、当たれば骨が折れるくらいの怪我はすることだろうそれ。常人なら縮こまってしまい、大怪我という未来しか見えない。だが…。
スッスッスッ。
…それは当たりさえすればの話。
それらの剣は全てマインの見切りによって、最小限の動きで躱されてしまう。
「ハァハァハァ…な、なんで当たらないんだ…っ!?」
まさに掠りもしない。それは剣を始めた頃ならいざ知らず、今のマリアにとって中々ない経験だった。
当てようとしても空振り続ける剣。それはより疲れを増幅させる。
おそらく精神的なストレスまで掛かったのだろう。
「クソッ!……っ!?」
この手合わせを始めて数十分……遂にマリアの剣の動きが止まった。
そして、ピクピクピクと軽い筋肉の痙攣と、ゴトッと落ちる木刀。
…徐々に剣撃の質がここまで上がってきたが、やはりもう限界らしい。
「…ふう…。今日はここまでにしておきましょう。」
「い、いや、私はまだ…キャッ!」
マインはそっとマリアを支えた。どうやら足への負担も中々のものだったようだ。
「ね?」
「……はい。ご主人様。」
残念そうに項垂れたマリア。
それにマインは優しく微笑むと、頑張ったねと褒めることにした。
「でもまあ…流石、エルフの隊長さんだね。魔術も無しであれだけ剣が使えるなんて。」
ピクッ。「い、いや、あれではまだまだだ。なにせ一本もマインに入れることができなかったのだから。」
「何を言ってるの?剣の鋭さに切り返しの速さ。なんとも見事でした。」
ピクッ…ピクピクッ。「…へ…へぇ…そ、そうか…そうか…。」
マインが褒めるたびに動くマリアの耳。
知り合いのエルフもそうだったから、もしやと思っていたのだが、どうやらマリアも嬉しいことがあると、耳が真っ先に反応するらしい。
つまり、今は言葉とは裏腹なのだろう。
自信を取り戻してもらってなにより。さてそろそろ…。
「…それじゃあ、帰ってご飯にしよう…か?」
そうマインが口にすると、クイクイとなにやら胸元の服を軽く引かれた。
マインが視線を向けると、マリアは顔を真っ赤にして俯いている。口がなにやらモゴモゴしているので、何か言いたいことでもあるのかもしれない。
「なにか用かな、マリア?」
マインの問いにマリアはおずおずと答えた。
「……それならもう依頼に付いて行っていいだろう…か?」
「えっ…うん、まあいい…かな?」
約束ではマインに一本入れたら…だったけど、あれだけ動ければ大抵の魔物くらいならば、よほど運に見放されていなければ、怪我一つしないだろう。
…けど…確か今日からマインは…。
「やった!よし!それなら早速今日から…。」
マリアがそう嬉しそうにしているものだから、マインとしてもその意を汲んでやりたいのは間違いないことなのだけど…。
「…まあ、そう言いたいところなんだけどね…。」
―
マインがマリアと知り合って1週間、ほとんどをリハビリなんかで過ごした。
1日目は軽く散歩なんかができてたのだが、2日目以降、マリアはどうやらあの大怪我をして大分時間が経っていたらしく、急に腕が元に戻り、前までと同じように身体を動かそうとしたからか、大きくバランスを崩したのだ。
2日目以降、数日に渡り、マリアはベッドの上。
起き上がれるようになって以降も、マインはマリアに付きっきりで歩いたり、ストレッチや整体をしたりで、少しずつ調整してきた。
誰の目から見ても、しばらくはこのリハビリの繰り返しだと思っていた。
…しかし、マリアはある日急に急激な回復を見せ、走れるようにまで…そして、先ほどの手合わせにまで至る。
要するにマインはまさかこんなにも早く彼女がこれほど動けるようになるとは思っていなかった。
だから…。
「……じとーーー。」
…うん、視線を感じる。なんとも言えない視線を…。
だけど今は患者さんに集中しないと…。
「…ああ…肘から手首にかけてパックリ…出血が激しいですね…。何をしてこんなことに?」
「えっと…朝練で木の枝に勢いよく引っ掛けちゃって…。マインくん、治る?」
「ええ、血管や骨、神経なんかも傷ついていないようですし。これなら【ヒール】で問題ないでしょう。」
【ヒール】
優しく温かな光が患部を包み、数秒。
彼女の腕に走っていた傷はその跡すら残すことなく消え去り、綺麗な肌色のみを残すこととなった。
「わぁ〜っ♪ありがとう、マインくん♪仲間たちに心配かけたくなかったから、助かっちゃった。」
「いえいえ、お気になさらず大事にならなくて良かったです。」
彼女が前のめりになり、立ち上がろうとしたのだと思い、マインはお大事にしてくださいと微笑み、手を振ろうとした。
すると、彼女は不意にマインの手を取ってきて…。
「…ところで、今日お昼一緒にどう…ですか?」
と尋ねてくる。
「えっ…お昼ご飯ですか?」
予想外の行動にマインは目を見開くと、塞がっていない方の手を顎に当てて考える仕草をした。
お昼ご飯か…。
それなら今日は、マリアが好きなお店で食べようと思っていたマイン。
マインはこれまでの経験上(ミリアン、メイリン、イセリアのこと)、女の子は皆食べるのが大好きだと知っているので、彼女の機嫌もそれで直るだろうと思っていた。
マインが患者だった彼女にそこで良ければ…と答えようとすると、スッと彼女の後ろから手が伸びてきて…。
「私たち今日実はお休みで…「次の方どうぞ〜!!」…ちょっ!?やめっ!わかったわよ!出る!出るから引っ張らないで!!」
…腕を怪我していた女性は外へと引っ張り出されてしまった。
ぽかんとした表情でその成り行きを見つめ、部屋から2人が出て行き、少し間を置いてやれやれと嘆息するマイン。
すると、程なくして入り口のドアが開き、患者かと思ったマインだったが…。
「いーーーーっだっ!!」
ドアから顔を出したのは、子供っぽい不満顔のマリア。
「……ふふっ。」
すぐにそれは閉められてしまったのだが、それがあまりにも印象的でマインの口元が緩み、クスリ。
…お昼は特に美味しいご飯を食べさせてあげようとマインは心持ち腕に力を込めた。
「よし!頑張るぞーーっ!!」




