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「【ハイヒール】。」
マインはメリッサに頼まれた通り、酷い火傷と細かい外傷に向けて上位治癒魔術を唱えた。
【ハイヒール】の光が奴隷エルフを包み込み、優しくそれを癒していく。
それは肉が再生して蠢くそれではなく、光が失ったそれを補って戻していった。
「…っ…。」
奴隷エルフの漏れ出た声は痛みではなく、温かさや心地よさからのそれ。
そうして、皮膚の補修が終わり、折れた足や大小さまざまな傷へと移る。
そして、光は治まっていき…亡くなった右腕をそのままに治癒魔術は終わった。
「…ふう…(やっぱり…駄目ですか…)。」
治癒魔術は学問的には、主に身体機能回復系と異常状態回復系とに分かれる。
身体機能回復の【ヒール】は切り傷や打ち身、捻挫といった軽傷程度の傷、【ハイヒール】は大きな火傷や骨折、横っ腹が軽く抉れた程度のそれなりの重傷までの傷にしか効かない。
さらには状態異常回復の【キュア】や【ハイキュア】。
もしこれだけの魔術が使えれば、治癒魔術師としてはかなり上等だろう。
なにせ教会ではその【ハイ】と名のつく魔術の行使の可能不可能が司教クラスかどうかを分けるのだから。
そんな存在はこの国には十数名と数えるほどといったところ、教国ではそれより多いだろうが、他の国はこの国と同じくらい。
希少価値というやつがある。
なので、普通ならば、教会の一つでも任されたり、王族や大貴族に仕えたりと相当に手厚く扱われているのだ。
まあ、マインも一応その1人なのだが、仮面由来の悪評のせいでそんなスカウトのような話を振られたこともなかった。
この国には司教クラスを超える人物が1人いる。
いわゆる聖女と言われる存在だ。彼女は完全治癒魔術と言われる【リザレクション】が使えるらしい。
【リザレクション】は完全治癒魔術と名のつく通り、部位の欠損や重病すら完治させるという物凄い魔術で、もしマインがそれを使うことができたとしたら、そんな悪評すら打ち消したことだろう。
まあ、あのマインではどう逆立ちしても、聖女である彼女の人気には遥かに劣っただろうが…。
なにせ彼女はそんな魔術が使えるのに加え、美しい容姿をした根っからの善人なのだから。
なんとあの仮面を着けた状態のマインにも普通の人と同じように接してくれるようなほどの…。
今も各地でなにか魔物の被害を受けるたびに治癒魔術を行使して回っているそうだ。できることならもう一度会いたいものである。
あっ…別に魔物の被害が出ることは望んではいないので、どこかでばったりとかそういう方向で…。
…話が脱線した。
つまり、なにが言いたいのかというと、聖女ほどの治癒魔術の技能を持たないマインに正攻法での右腕の完全欠損の治癒などということは不可能だった。
「……。」
「これで終わりか、マイン?」
「……。」
…なのでマインは…。
「…って…え?」
「…天におわします始原の神よ…」
…続けて、特殊な魔術を使うことにした。
これはかつてある女性が絶体絶命の時、一度のみ使ったことのある魔術。
「…我、代償を払いて…」
マインはそれを彼女に行使することにしたのだ。
「…魂を貴方様に捧げ、願い奉る…」
一陣の風が吹く。
「…っ!?」
いや、風が吹き荒れた。ここは風など生まれようのないところ。そんなはずはない。
それは魔力の放流だった。
どこか熱風にも似たそれが彼女の右腕があったところから。
身体を覆っていた外套が吹き飛び、宙を舞う。
風が巻き付くように何かを形作り始め、それはいずれ光へと姿を変えた。
光は【ハイヒール】の時なんて比較にならないほどのそれを放ち、熱を帯び…。
「はあはあはあ…。」
そして、最後に終わりだと力強い風が吹くと、奴隷エルフのそこに外套が掛かっていた。
「…あれ?」
彼女がそれを恐る恐るめくると…。
「……あっ…。」
そこにはしなやかなシミ一つない白磁のようなそれが…。
それは紛れもなく、生まれた時から共にしていた身体の一部だった。
「失礼しますね。」
「あ、ああ。」
マインは彼女の腕に触れ、脚に触れ、最後に顔に触れて確認をし、問題がなさそうなので、手鏡を手渡す。
「これをどうぞ。」
それを受け取り、鏡を見た奴隷エルフ…いや、マリアは涙を流した。




