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マインが奴隷エルフの手を取ろうとしてすぐ、彼女の悲鳴が聞こえてきた。


普段の奴隷エルフがあげるように思えない悲鳴にマインになにかされたのだろうか?と一瞬思ったが、メリッサが見ていた限り、彼は妙な仕草は一つとしてなかったように思えた。


なにはともあれ、とりあえず2人を引き離すべきだと思ったメリッサは手を差し込み、広げるようにしてマインと彼女の間に入る。


「ちょっと、マインくん、少し離れてくれるかしら?できれば…。」


そうマインに向けて口にしたメリッサ。すると、奴隷エルフは縋り付くようにして…。


「メリッサ、お願いだ!!……お願いだから、彼を…マインを私から離してくれ…頼む!!一生のお願いだから…。」


…そんな焦燥感を孕んだ涙声の懇願をしてきた。


メリッサはとりあえずマインは置いて置くことにして、縋り付いてくる奴隷エルフに落ち着けと肩を掴み…。


「…だから…今それをしようとしていたのよ。そのマインくんを引き離してあげるから、その手を離しなさい。」


「…ホントの本当だな…。」


「ええ…だから…。」


「…恩に着る。」


「…ということだから、マインくん、少し離れていて。」


「…はい。」


メリッサはトボトボと歩いていくマインに罪悪感を抱きつつ、奴隷エルフに問いかける。


「それでなにがあったの?」


奴隷エルフはメリッサの言葉に何度も口を開こうとしてを繰り返してはそれをやめ、少し時間を置いてようやく自信なさげに口を開いた。


「……こんな姿嫌なんだ…。」


「…え?」


こんな姿が嫌?


確かにメリッサも今の奴隷エルフの痛々しい姿を憐れに思っていた。しかしながら、彼女は寧ろその傷を誇りだとでも言わんばかりでいたというのに…。


「…確かに私は仲間を助けられれば、どれだけ傷ついてもいいって…そう思っていた…いや、今でも思っているかもしれない。」


彼女の口にした言葉こそメリッサの認識そのもの。


「…だから私は救助隊の隊長なんかをしていたし、あのときあの子を助けるために火をつけられた家の中に飛び込んだんだ…けど…。」


と続き、その先は奴隷エルフの口から中々出てきはしない。


「………。」


彼女が顔を伏せているゆえ、顔色が窺えないため表情が読めず、メリッサは埒が明かないと口を開いた。


「けど?どうしたの?」


「……けど、今は後悔している…かもしれない。」


それは後悔。


奴隷エルフが始めてメリッサに口にした弱音だった。



…そうか。



メリッサは勇猛果敢と名高い彼女でも奴隷として売られることに恐怖を抱いたのだと思い、マインならば悪いようにはされないと慰めようとして…。


「…だって…私も女なんだ…ぞ…。」


…と奴隷エルフが口にして、メリッサは思わずフリーズする。



「……。」



メリッサは理由がわからずに顎に手を当て、ポクポクと…そして、チーンと答えが出るなり…。


「…えっ…ま、まさかそういうこと…なの…。」


「〜〜っ〜〜。」


プイッと顔を逸らす奴隷エルフの顔が真っ赤になっていることをメリッサは覚ると、顎に当てていた手が自然と下に落ち…。


「…はあ…。」


とため息を一つ。


「…なんだそのため息はメリッサ…。」


メリッサのため息に奴隷エルフは不服だと声を上げた。


「…いやだってね…。」


まさかこの奴隷エルフがここまで純情だとは思いもしなかったのだ。


てっきりいつも一緒にいる副隊長のカイルあたりと懇ろなのだろうと勝手に思っていたメリッサ。


「…って、もしかしてもう百年近く生きているってのにあんたまだ…。」


「あーあーあーっ!!!」


ぽかぽか。


「む〜〜〜っ!!!」


メリッサは奴隷エルフの抗議にほのかに微笑ましさを感じつつも、呆れが9割強。


せっかくの憐憫を返してくれと額に手を当て、もう面倒くさいな…とばかりにメリッサは声をあげた。


「…マインく〜ん、ちょっとこっち来てくれる〜!」


「ちょっ、メリッサっ!?」


「大丈夫。大丈夫だから落ち着きなさい。」


そんなやり取りをしていると、ノソノソと重い足取りでマインがやって来た。そのマインはやって来たはいいものの…。


「…はい、なんかごめんなさい。」


…なぜか落ち込んだ様子でいて、メリッサは予想外の出来事にたじろぐ。


…え、えっと…なんでマインくんはこの世の終わりのような顔をしているのかしら?


メリッサは知らないかもしれないが、それは当然のことである。なにせマインは先日、仲間に捨てられたばかり…つまりは現在のマインのメンタルは弱々なのにも関わらず、奴隷エルフに悲鳴を上げられ、メリッサにより引き離されたのだ。


場所が場所ならば、全力で宿のベッドまで走り抜けるなり、ダイブして、しばらく…具体的に言うならば、2、3日は部屋から出ないこともあり得るほどに…。


普段ならというか、ほんのさっきまでならマインのその理由くらいは聞いただろうが、メリッサついさっき的外れなことを考えたばかりの身。余計なことは言わず、用件のみを伝えることにした。


「…えっと…マインくんって、ヒーラーだったわよ…ね?」


「…あっ…はい。」


恐る恐ると聞くメリッサに、なにがなんだかわからないといった様子のマイン。


なんか変な空気ねと思いつつ、マインの様子を見て、チャンスと思ったメリッサはマインにお願いする。


「はい、マインくん、ちょっと手を出して。」


「あっ…はい。」


そうマインが言った瞬間、メリッサの瞳がキラリと輝き、マインの親指をスパッと切りつけた。


「痛っ!」


そして、マインがそう呟く頃には、一枚の紙に血で塗られた親指が押しつけられていて…。


メリッサが虚空にそれを投げると、それは光の粉となって消え去った。


「「……え?」」


唖然とするマインと奴隷エルフ。


「よし、これで契約成立っと。これでこの娘はマインくんのもの。煮るなり焼くなり好きにしていいから、じゃあまたね。」


…そして、そう口にすると、メリッサは部屋を出ていってしまった。


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