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マインは珍しく警戒していた。
まあ、それは当然というものだろう。
なにせこの店で見てきた奴隷の印象は全て一癖も二癖もあったのだから、ちょっぴり身の危険を感じる危険姦しい女性たちに、かなりの危険を感じたビリゲイ。
ビリゲイ曰く、マインに買ってほしい奴隷はこの先にいる…声で判断する限り女性なのだろうが、推定する危険度で言えば、ビリゲイよりマシという程度だろう。
交渉人が使う、粗悪品の売りつけ方のような方法が透けて見えて、なんともマインの警戒心を煽る。
さらに付け加えていうのならば、彼女はメリッサが何をしたのかはわからないが、怒っていた。
ただでさえ、誰であれ怒り心頭な人物への接触は控えたいことだろう。それも知り合いでもない、問題児的な人物と思われる人物ならば…。
そうは言っても、こんな隠し部屋まで案内されては中に入らざる負えまい。
マインはビリゲイの性癖はともかく人柄を信じて中へと入る。
「お、お邪魔します。」
「……。」
と、マインの入室に対する返答はない。
そのことに少し居心地の悪さを感じつつ、マインは部屋の中を観察した。
天井についた電気の魔道具に、ベッド、テーブル、イス、水差しに…さらには本棚、子供用の玩具まである。
マインにはその部屋がとても奴隷のそれとは思えなかった。
もしかしたら、ここ2日ほどマインが泊まっている宿よりも設備が整っているかもしれない。
しかしながら、この部屋の主はそのどれにも手を付けていない。
彼女は壁に背を預け、ちょうど絨毯の敷かれていない床に座っていた。
まるで全てを受け付けないかのように。
その姿はどこか寂しげで…と思った瞬間、マインは思わず歩みを進めていた。
「あ、あれ?ま、マインくん?」
メリッサの言葉で正気に戻るマイン。いや、まだ半分は正気でなかったのだろう。意識がはっきりしていない言葉が漏れ出る。
「彼女が…ですか?」
「ええ。」
彼女の眼前でしゃがむと、マインはそっと手を差し出す。
「はじめまして、僕はマイン。よろしくね。」
―
出ていくメリッサに怒声を上げた奴隷エルフ。
しかしながら、部屋に一人になると、怒りなどというものはすぐに薄れてしまった。
…それはなんとなくわかっていたから。
彼女がこの奴隷エルフのことを、性格が悪いなりに元気づけようとしていたことを…。
まあ、それは彼女との関係性故に、面と向かっては受け入れ難いものなので、口に出して感謝したりなどはしない。
さて、それはともかく、今は客とやらだ。今までメリッサが連れてきたのは、たった1人。あいつだけ。
せめて今度は、あの時よりまともなやつであることを願いつつ、ドアを眺めていると、それは開いた。
ドアの開く、ギィ〜っとどこか軋むような音と共に現れたのは……。
「……。」
…エルフより完成された美貌を持つ存在だった。
彼は一瞬女性かと思うほど整った顔立ち、髪は美しい銀色、黄金の瞳に、身体つきは細身だが、痩せぎすと言うほどではなく健康体、どこかおどおどとした雰囲気が母性本能をくすぐる、少年と男性との狭間を行き交うような容姿をした青年だった。
奴隷エルフは呆然と言葉すらなくそれを眺め、ようやく正気に戻ると、メリッサと彼との会話が聞こえてきた。
「彼女が…ですか?」
「…ええ。」
ゆっくりと彼が近づいてくる。
彼の床を歩くタンタンという歩みの印たる足音は絨毯に吸収されてか聞こえないが、代わりと言ってはなんだが、それを奴隷エルフの心臓の鼓動が肩代わりしていた。
その肩代わりは程なくして終わり、わずか数歩。
気がつくと、彼は奴隷エルフの真ん前でしゃがみこんでいる。
「はじめまして、僕はマイン。よろしくね。」
彼…マインは奴隷エルフへと手を差し出してきた。
おそらくハンドシェイクでもしようと言うのだろう。
まあ、それくらいは構わない。悪い人間ではなさそうだからな。
いや、奴隷商などに来るのだから、悪人なのか?
そんなことはどうでもいい。
奴隷エルフはマインの美しさに当てられており、ただ彼に触れられるならと手を差し出そうとして……。
「…あっ………。」
…そして……気がついた…気がついてしまった…。
……差し出そうとした自分の右腕がないことに。
「……あれ?」
そして、声を一度発し、より正気という…あまりにも間の悪い自分というやつが戻ってきたからだろう。
現状を理解していく。
手を差し出す彼の美しさと…。
……自分の今の不釣り合いな憐れさを。
仮面に覆われたとはいえ、その下は半分焼け爛れた顔。
かつて密かに自慢だったしなやかな身体も半分は同じ。
右腕などは肩のあたりはなんとか残ってはいるものの、その先はない。
……こんなものを彼…マインに見せるというのか?
この奴隷エルフは普通の人間のように、一部の身体の部位に自信を持つことはあれど、他のエルフに比べて自分が美人だとは思ったりしたことなどなかった。
周りはオシャレなんかに興味を持っていたが、自身はまったく興味なく、次期族長として、また人間に攫われたエルフ奪還のために力を磨き、知恵を蓄えることのみに興味を持っていた。
でも今は…。
純粋に着飾った姿でマインに出会いたかったと思うし、なにより自分のことを美しい、可愛いと思ってほしかった。
(…こんな…こんな惨めな姿なんかで逢いたくなんて…。)
奴隷エルフの瞳からは自然と涙が溢れ…そして、彼女は思わず……。
「……い、イヤ……。」
……近づいてくるマインから後ずさりした。
しかし、彼女の後ろにあるのは壁。
必然、彼女は顔を壁へと擦り付ける形となり…。
カランカラン。
「あ…ああ…ああ…。」
…追い打ちをかけるように、仮面まで外れ落ちた。
彼女の仮面はマインのかつて着けていた呪われたそれとは違う。だから当然のこと。
しかし、それを彼女が受け入れるのは痛みを伴うものだった。
「エルフさん?」
マインの疑問符が浮かんだ声。それは様子がおかしくなったことへと心配の声なのだが、それに彼女はか細い怯えるような声で…。
「…イヤ……お、お願い…み、見ないで……。」
「急にどうしたんです?僕なにか気に障ることでも…。」
…それからもマインが心配して近づくものだから、彼女は遂に悲鳴のような声を上げた。
「こ、来ないでーーっ!!」




