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お昼ちょっと過ぎあたり、依頼を完了したマインは報告のため、再び冒険者ギルドへと来ていた。
受付であまりの速さと討伐数の多さに驚かれつつも、依頼の報告の途中、不意にミラからこんなことを言われる。
「マインくん、大丈夫?今朝より元気ないけど、なにかあった?」
「っ!?」
その言葉に思わず驚きの表情を表に出してしまうマイン。
なにかあったのかと言えば、確かにあった。
しかし、それはあまりにも情けないこと。偶に事務的な会話をする程度の関係であるミラにそれを打ち明けるのは憚られ、マインがどうしたものかと考えていると、ミラがこんな提案をしてくる。
「今日の夜、暇?」
「えっ?……まあ、暇というかご飯食べて寝るだけですけど…。」
「うん、それなら夜ご飯食べに行こう。」
「え?」
「じゃ決定。先輩も連れてくから。」
「ちょっ!?」
そんなこんなでマインが抵抗する暇もなく、夕食を共にすることになった。
店は先日、オイクに連れて来られたような店ではなく、どこか洒落たところだった。
店内は薄暗く、テーブルには純白のクロス。木製のジョッキに満パンの酒ではなく、ワイングラスには半分より少し少ない程度の赤く香り高いそれが輝く。
「マインくん、気に入った?」
「はい。なんか大人って感じです。」
マイン自身何度か仲間たちとこういったお店に来たことはあった。
その時は雰囲気が落ち着いているな〜くらいにしか思わなかったのだが、歳上の2人と一緒にグラスを傾けていると、なんとなく違ったものを感じる。
「ふふっ、なんでも頼んでいい。今日はお姉さんたちの奢りだから。」
「うん、楽しんで♪お姉さんも今日は羽目外しちゃうからね♪」
「はい!」
…とまあ、最初こそこんなふうにマインが「凄い!大人だ!!」と驚くような態度でいたサラだったのだが、マインを目の前にした緊張からか、ピッチが早く酒が進むうちにドンドンとそのメッキが剥がれていき…。
「にゃはははははっ♪ドンドン持ってこ〜い、にゃは♪」
……整った容姿や笑顔故に可愛いらしくは思えるのだが、もう中身は単なる酔っ払いへと変わったのだった。
「も〜う!全然お酒こにゃ〜い!!それじゃあこうだ〜、マインくんのお膝にごろん♪マインくん、お姉さんだぞ〜♪頭撫でてもいいんだぞ〜♪にゃんて、にゃははははっ♪」
「はあ…。」
マインのお腹のあたりに何度か頭を擦り付けてくるサラに、どうやら本当に言葉通り頭を撫でろということらしいとわかったマインが手を乗せる。
すると、サラは最初こそくすぐったそうに身を捩らせたものの、少し慣れたのか、落ち着いた様子で「きもち〜♪」と目を細め始めた。
「……。」
その惨状に額に手を当てるミラ。
「……な、なんかごめん。」
「いえ、気にしないでください。」
どこか戸惑いつつも、受け入れた様子のマイン。
ミラは自分勝手な酔っ払いに少し羨ましさを覚えつつも、真面目な性格故、邪魔が入らなくなったので、マインに対して本題へと切り出した。
「それじゃあそろそろ。真面目な話をしよう。マインくん、なにか悩んでるみたい…どうかしたの?なにかあった?依頼で…。」
「……。」
沈黙するマイン。
すると、マインは少しお酒を口に含み、それをゴクリと嚥下し、口を開く。
「…実は…やっぱり冒険仲間がほしいな…なんて…。」
「……?」
「依頼で森に行ってみて…なんかこれじゃないっていうか…誰も話し相手や分かち合う相手がいなくて…その……。」
「……そう……。(えっ…なに…つまりは寂しかったってこと?それって…。)」
マインの思っているものと、少しメインのニュアンスは違うのだが、ミラはそう受け取り、思わず…。
「…なんか可愛い。」
…そう口を滑らせた。
「?可愛い?」
「え?…ううん、なんでもない。」
なんて否定してみせるが、なんでもないなんてことはない。
もうミラの母性本能は刺激されて仕方がなかった。
もしダメな先輩のようにガブガブガブガブと杯を呷っていたのならば、我慢できずに抱き締め隊として突撃していたことだろう。
まあ、思ってはいてもそんなことはしない。これがミラのいいところであり、不遇なところではあるのだが…それはともかく…。
「えっと…つまり誰か紹介してほしいってこと?」
「……まあ…。」
言いにくそうに口を開くマイン。
それはそうである。なにせ昼間にサラの好意を無にしたばかり、それはなんとも虫の良い話だ。
優柔不断が過ぎるだろう。
しかし、それがむしろミラにとって性癖…失礼、好みに突き刺さっていた。
「……わかった。条件を教えてほしい。」
「……絶対に僕を裏切らない人。」
……私。
ミラが真っ先に思ったのはそれだった。
しかし、そんなことは口にできない。
ミラは真面目に考える。
マインを絶対に裏切らない相手。
それは正直いるのだろうが、いないと思った。
それは矛盾した答え。巫山戯ているように思うかもしれない。でも、それは巫山戯たものではないのだ。なにせそれには仮定があるから。
相手がもしマインの恋人になったのならばという仮定が…。
…というか、絶対に裏切らない相手というならば、これくらいしかないだろう。
普通そんな相手は両親や、長い間連れ添った親友くらいなのだから。
マインはその片方に裏切られた。
ということは、恋人くらいのものなのだが……ミラはそれを口にはしたくなかった。
正直ミラはマインに惹かれている。
容姿が自覚する引き金になったのは間違いないが、元々評価はしていた。その評価をあの仮面がひどいマイナスにしていただけで…。
今日、食事してみてわかったのだが、マインはミラの好みドストライクだ。顔も性格も良く、仕事はできて、カッコいいところもあるくせに、どこか抜けている。こんな人物は中々いないだろう。
となれば、残るは一つしかない。
「……絶対に裏切らないというのは難しい。」
「…そ、そうですよね…やっぱり…ありがとうございます、ミラさん…もう少しソロで…。」
そうマインが続けようとすると、ミラの言葉にそれを遮られた。
「だから、マインくん…いっそのこと奴隷を買ってみたら?」




