8-13
ノウマの一つ目を見て、四蛇はぎゅっと心臓を掴まれるような心地になった。足がすくみ、恐怖が身体を支配する。怯えている場合ではないと頭では分かっているのに、昔の記憶が呼び起こされる。
五馬がハカゼになったときの、あの生暖かい風を思い出す。
五馬が死ぬときのアヌ人形の冷たさを思い出す。
上手く息ができない。
一つ目は、不気味な視線をこちらへ向ける。
又旅が、拳で四蛇の背中を叩いた。どんと背中を突かれ、足が自然に前に進んだ。
そのままノウマの前まで、歩みを進める。
まず又旅が口を開いた。
「ノウマよ、わしは又旅だ。昔のことは忘れているだろうし、魂も今は見ることができないだろう。しかし、わしはお主を幼い頃から知っておる。お主が誠実な心の持ち主であることも知っておる。今日は、良い話し合いができることを信じて、ここへ来た」
又旅は堂々とした口ぶりでそう話す。佐治が、時間をかけてそれを通訳する。人間の言葉は、魚冥不の呪術により聞き取れないそうなのだ。
又旅は、それから自分以外の四人を紹介した。ノウマや他の憑き物は口を挟まず、じっと動かずにそれを聞く。
佐治の通訳が終わると、その場が静けさに満ちた。
「齟齬がないように、私と、私たちの話を、あなたの口からもう一度聞かせてくれますか」
澄んだ女性の声で、ノウマがそう言った。丁寧な口調と声色に、四蛇は驚く。
ノウマには、ちゃんとこちらの話を聞く気持ちがあるらしい。ひとまずほっとする。ただし、必要なこと以外を話すつもりはないようだ。
「すべて話すには、時間がかかるだろう」と又旅が前置きし、ノウマと憑き物に関する話を、蕪呪族の村や庵或留のこと、それから蒼羽隊のことまで含め、話し始めた。
又旅は少し話しては言葉を止め、佐治が通訳するのを待った。長い話になり、又旅は何度か水筒の水を口に含み、根気よく話をした。
すべて話し終わる頃には、四蛇の汗は引き、肌寒さを感じた。蒼羽隊の五人は、きっと心配しているだろう。
「作り話にしてはよくできすぎている」
ノウマは感想を述べる。
「私はこの子たちのために、自分の身を危険にさらすことはできません。あなたたちの主張は、私たちにとってとんでもない話で、信じるに値しないほら話ですが、白黒つけないと気持ちが落ち着きません」
ノウマは迷いなく話す。憑き物たちは、話を理解しているのか分からないが、微動だにせず、話の行く末を見守っている。
「あなたたちの主張する解呪とやらを受ける時、人質を取らせていただきます。乞除という呪師以外の人に、私が先にハカゼの呪術をかけます。この場でハカゼを治療できるのは、私だけでしょう。私やこの子たちに危害を加えるようであれば、人質のみなさんはそのまま死ぬことになります。その条件を飲めますか?」
又旅と四蛇と佐治が肯定し、茶々は「にゃんすー」と返事をした。
その時、一体の憑き物が動いた。
四蛇の心に警戒心が働き、どきりとする。
ノウマのすぐそばにいた、顔付きの憑き物だ。足と腕が四本ずつ生えており、肌は人間に近く滑らかな白だ。胸のあたりに、人間によく似た顔が上下逆さについているが、そちらは飾りで、本当の顔は、頭の前面についている方らしい。顔の中央が左右に裂け、そこが口になっているようだ。口の左右にはぎょろりとした目がついている。
どうやら話すことができるらしい。ノウマに何か言っているが、佐治の話し方とも異なるため、上手く聞き取れない。
「彼が、私よりも先に、解呪を受けると言っています。あなたたちの話が本当なのかどうか、確かめるそうです。構いませんか?」
「いいじゃろう」
乞除が答え、前に進み出る。
「待って。先に人質を頂きます」
乞除が脇に退き、ノウマが前に出てきた。
ノウマを前に、四蛇は手足がしびれるようになった。俺は、これからハカゼになるのだ。相手の気分次第で、自分は死ぬのだ。とても普通の気持ちではいられない。
しかし、やるしかない。
奥歯がカチカチと鳴るのが聞こえる。祈りを込めて乞除を見ると、さすがに緊張しているように見えた。
四蛇は、ノウマがハカゼをかけやすいように移動したが、身体が勝手に動いているような感覚だった。逃げることはできない。固く目を閉じる。
別のことを考えるんだ。
別の何か、楽しいことを。
六鹿と五馬。まだノウマや憑き物がいない頃、三人で遊型車を走らせて仕事していたのを思い出す。採掘場の広さは何度見ても壮観で、お気に入りの場所だった。
朝が苦手でいつまでも眠っている五馬を起こすのは、四蛇の役割だった。故障した遊型車を修理するのは、五馬の役割だった。仕事の管理をするのは六鹿の役割だった。
俺は六鹿や五馬みたいになりたかった。
三人で屋上に上がり、酸っぱいジュースを飲みたい。三人で額を寄せて帳簿を見て、仕事の計画を立てたい。三人で夜更かしして盤上ゲームで遊びたい。
ノウマが両手を前にやり、ハカゼを起こす。どこからともなく重たい風が巻き起こり、あたりの木々が身を反らす。乞除は思わず後ずさりした。
風は四人に吹き付け、四蛇と又旅の髪の毛が逆立っている。
四蛇の思い出は急速に色あせ、六鹿と五馬のことが、分からなくなった。意識がぼんやりして、その場に膝をついた痛みを、少しだけ感じた。もう、どうでもいい。自分がどこにいるのか、何をしようとしていたのか、全て忘れた。身体を起こしておく意味がないため、そのまま地面に倒れることにした。そこには、心地よさも、不快さもなかった。
乞除は地面に倒れる四人を、遠くから見守る。
風が止むと、先ほど名乗り出た顔付きが前に出てきたため、乞除は解呪の準備を始めた。横になるよう、仕草で示すと、乞除は顔付きの身体に手をかざす。
指先がわずかに震えていることに気づき、そっと呼吸を整える。緊張するのは久しぶりのことだ。
解呪が終わると、憑き物はすぐに起き上がった。地面に倒れる四人と乞除を見つめ、じっとしている。
こいつが嘘をついたら終わりだと、乞除はまた少し緊張した。
顔付きの憑き物はたっぷり時間をとってから、ノウマに何かを言った。ノウマはそれを聞いてしばらく黙ると、乞除の方を向いた。




