8-12
「今から話すのは、これからのことだ」
翌日、また同じ食卓で、四蛇の説明が始まった。
「俺たちは、ノウマを味方に引き入れる」
鼓童がふざけて、大げさに驚いたような姿勢を取った。傘音が冷たい視線を向ける。
「ノウマがおそらく、スムヨアの妹のヘドリアだというのは、昨日話した通りだ」
四蛇は机の上にある、簡単に書いた家系図を指さす。
「ハカゼの被害者をこれ以上出さないため、そしてヘドリア自身を救うため、彼女を解呪しようと思っている。俺たちの計画が上手くいけば、ハカゼの患者を出さずに、ヘドリアを解呪できると思う」
『俺たちの計画』と四蛇は言ったが、聞いてみると、計画というほど大げさなものではないようだった。ノウマ本人とは、既にある程度の話が通っているらしい。あとはその交渉の日を迎えるだけとのことだった。
ノウマにとって脅威なのは、九頭竜国の自衛団や煙羅国の蒼羽隊など、憑き物に危害を加える人間だ。そのため、普段はそれらが立ち寄ることのない、瓜呪族の村と九頭竜国の間あたりにある山に身を潜めているらしい。野衾の棲み処と呼ばれている場所だ。鳩車や雉子車が近くを通らない場所のため、油隠に憑き物が蔓延るようになってからは、そのあたりには人が住んでいない。憑き物やノウマが身を隠すにはうってつけの土地だ。
ノウマは定期的にそこを離れ、長い時間をかけて、油隠中を回り、人間から憑き物を守るための旅をしているらしい。ノウマに出くわしハカゼになった人間は、みなその時の犠牲者なのだろう。
ノウマは庵或留のことを認識してはいるらしいが、味方とも敵とも思っていないそうだ。ハカゼにした生き物を差し出す代わりに、庵或留は憑き物やノウマが生きていくための補助をしてくれるらしく、良い取引相手程度に認識しているそうだ。
全て佐治が、憑き物やノウマ本人から聞いた話だった。
ノウマは普段、憑き物に乗って移動するそうだ。
佐治はいつもノウマの近くにいる顔付きに近づき、根気よく説得したそうだ。長い時間をかけて、ノウマと直接話をできるようになり、ノウマや憑き物に呪術がかけられていること、人間側は攻撃するつもりはなく、自衛のためにやっていることなど、こちらの事情について、全ての説明をしたらしい。
ノウマはまだほとんど信じていないそうだが、四蛇と会う約束を取り付けるところまで、なんとか話は進んだそうだ。その交渉の場で、ノウマが解呪に応じてくれれば、目的は達成だ。
句朗はその話を聞いて、のこのことノウマに会いに行くことに反対した。罠に決まっていると思ったからだ。桂班のみんなも句朗と同じ意見のようだったが、ヘドリアをよく知る又旅が、「こちらが誠実な態度を取れば応えてくれる子だ」と断言した。
ノウマが罠にかけることなど、全く心配していない様子だった。乞除も同じ意見のようだったため、それ以上口を挟さむのはやめておいた。
約束の場所へは、四蛇、乞除、又旅、茶々、佐治が行くことになったが、その近くまでは桂班もついて行くことになった。
道中はもちろんのこと、向こうについてからも危険なことがあるかもしれない。ザムザで待っているような性分の五人ではないし、もちろん蒼羽隊に戻るつもりもなかった。
旅の準備を整え、一行はザムザを発った。憑き物には何度か出くわした。乞除が解呪した憑き物はまだほんの一握りのため、憑き物たちは躊躇せず襲い掛かってきた。
佐治が間に入って説得する方法もあるが、それでは間に合わず、時間もかかるため、桂班は容赦せず、普段の任務通りに打ち倒した。
四蛇と又旅は感心してすごいすごいとはやし立てた。
破壊した後の憑き物の芯石、つまりワロドンののど骨には甘依の術をかけずに、乞除が解呪をしていった。
憑き物が破壊されていく光景を目の前にして、佐治がどう思っているのか句朗は心配だったが、佐治の見た目からは感情が分からない。大して関心はない様子だと、四蛇に教えてもらった。
「憑き物の身体が破壊されていても、解呪できるんだな」
史紋が問う。
「ああ、わしの呪術は、魂に及ぼす術なんじゃ。だからのど骨があれば解呪できる」
乞除が面倒臭そうに言う。
「そもそも、呪術自体、魂が持つ力なんだ。だから七人呪師は、魂が別の器に移った時に、呪術の力も移るんだ」
又旅が親切に教えてくれる。
「魂ってなんですか」
傘音がそう尋ねたが、大真面目にそれを聞くのがなんだか照れくさくなったのか、鼓童の方をちらりと見た。案の定、鼓童は嘲笑を浮かべている。傘音は不機嫌に目を伏せる。
「自分がどこの誰なのかってことだよ。この世で、唯一無二だってこと。魂には、油隠の情報、血の情報、関係性の情報、環境の情報、気持ちの情報、そいつについての全部が詰まってる。世界でたった一人の個であるという証明なんだ」
「……なるほど」
傘音はそう言ったものの、あまりよく分かっていない様子だ。難しい顔をして、考え込む。
薄笑いを浮かべていた鼓童だったが、又旅の言葉を聞いて神妙な顔をした。
何日か旅を続け、野衾の棲み処と呼ばれる場所へ着いた。もう少し先へ進むと、ノウマが滞在しているという小さな山がある。
「うわ!」
鼓童が大声を上げた。
句朗がそちらを見ると、彼はもごもご言いながら腕を振り回している。よく見ると、顔にふわふわした何かがくっついている。史紋がそれを取ってやろうと鼓童に近づくと、今度は史紋の顔に、何かが飛び掛かった。
「野衾だ」
又旅が愉快そうに言う。
「心配せんで良い。危害は加えん」
また叫び声が聞こえ振り返ると、今度は四蛇と佐治の顔にくっついている。どうやら、背の高い者の顔にくっつく習性があるようだ。
「くそ」と言いながら鼓童がそれを引き離し、「食っちまうぞ!」と怒りを露わにした。
史紋が顔から引き離した野衾を見せてもらうと、なんとも可愛らしい姿をしており、句朗は背の高い人がちょっと羨ましくなった。
野衾は四つ足のある小さな生き物だった。ぴんと立った尻尾もある。前足と後足の間の皮が良く伸びるようで、四つの足を大きく四角形に開いて、木の上から飛び掛かってくるようだ。まるで小さな座布団のようだ。
ノウマのいる山の麓に到着し、一行はそこで一度休息を取った。桂班は荷物と一緒に、そこで待機することになった。
ここから先は、憑き物とはお互いに攻撃しない約束になっている。しかし句朗は、万が一、四蛇たちから助けを求める知らせが入った時は、憑き物を倒しながらでも助け出すつもりだった。
ノウマは、山の中腹あたりにいるらしい。山道はきっと険しいだろう。
「ばあさん大丈夫かよ」
出発前、山を仰ぎながら、鼓童が乞除に尋ねた。
「ああ、佐治に運んでもらうから大丈夫だ」
乞除は慣れた様子で、佐治の背中におぶさった。
「そっちのばあさんは」
四蛇がふざけて又旅に尋ねる。
「お前がおんぶしてくれるのか?」
又旅は、ヨアと同じくらいの年齢に見えるが、四蛇らの話によると、中身はその母親くらいの年齢だそうだ。
油隠にはまだまだ、自分の知らないことがたくさんあるのだと、思い知らされる。
四蛇、又旅、茶々、乞除、佐治という、ばらばらな取り合わせの五人はそこを発ち、蒼羽隊の五人はそれを見送った。
山道は人がしばらく通っていないせいか凸凹で、草が茂っており、歩きづらかった。それに加え、野衾の襲撃があるので、なんとも鬱陶しかった。
数回休憩を挟み、桂班と別れて数時間後には、約束の場所へ到着した。
木が刈られ広々としたその場所には、二十体ほどの憑き物と、ノウマが既に待っていた。




