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夕飯の準備は桂班も手伝った。食べ物は瓜呪族の村から運んできたらしい。ここを拠点にするのにしっかり準備したのか、蓄えはあるようだ。
「自分のことを待っている家族がいるかもしれないというのは、なんだか救われた気になるわね」
夕飯の席で、傘音が言った。人によっては考え方が違うかもしれないと思ったのか、控えめな言い方だった。
「俺はちょっと嫌な感じだ」
史紋が言う。
「自分では忘れているのに、自分のことで誰かが悲しんでいると考えたら、落ち着かない」
入も同じなのか、控えめに頷く。
句朗は、桂班のみんなに、蒼羽隊以外の帰る場所があると思うと寂しい気持ちになったが、それは口には出さないでおいた。
「それより、私はこの身体が気持ち悪いよ」
入が両手を握ったり開いたりする。そういえば、と言った様子で、桂班の五人は初めてみるように、自分の手のひらや太ももを観察する。この身体は、庵或留の手で作り変えられたものかもしれない。それどころか、他の人間のものかもしれないのだ。
考えたくないとでも言うように、顔を歪めると、鼓童が話題を変えた。
「顔が変わってるってことは、お前の兄貴が、俺たちの誰かということもあり得るわけだ」
「そういうこと」
四蛇は軽い口調で返事する。桂班の五人はもじもじしながら互いの顔を見たが、なんの手がかりも得られなかった。
「身体が変わってるとしたら、性別や年齢も変わっている可能性があるんだろうか」
史紋がそう言うと、「お前、絶対じいさんだよ!」と鼓童が声を上げ、机をばんばん叩きながら大笑いした。史紋は無視したが、入と傘音と句朗がつられて笑うのを見て、フッと顔を綻ばせた。
それを羨ましそうに見ていた四蛇が、最後まで笑っていた鼓童が笑い止むのを待って言った。
「トアリス以外が白紙に戻る場合もあると聞いたことがあるけど、そういう、精神と身体の違いから気づいてしまって、白紙に返った人もいるんじゃないかと思う」
句朗は、何度も白紙に返ったらしい羅愚来のことを思い出した。
彼はトアリスでもあるが、もしかしたらそういう違和感も、抱いていたのだろうか。
シャグから帰った時の、彼の様子を思い出す。彼は火湯のことを愛していると言った。
そして、白紙に返る直前、何かに驚いたような……そうか、あれは自分の正体に気づいたときの表情だったのだ。
その表情で「私は」と言ったのだ。
風に当たりたい気分になり、句朗は静かに席を立った。広い窓をがらがらと開け、そこに腰かける。
窓の外には又旅がいて、木に寄りかかって座っている。茶々は何が面白いのか、又旅の足元の土を前足で掘っている。
膝を抱えるようにして座り、腕に顔を埋める。しばらくそうしていると、間違いなく自分はここにいるんだと確認したくなるような、縋りつきたい気持ちになった。思春期を思い出すような種類の感情に、句朗はなんだかおかしくなる。
見張りも立てず、煙羅国の外で、夜にのんびりできるのは、初めての経験かもしれない。
「俺は、死ぬまでに何かとんでもないことをしないといけないと思っていたんだ」
鼓童がぽつりと呟いた。
「殺人でも放火でもいい。何か残してから死なないと、生きた意味がないと思ってた。俺にとって、自分にできる大きなことと言ったら、悪いことしか思い浮かばなかった。油隠には生き物の数が多すぎるんだ。だから、普通に生きるのは、生きていないのと同じだと思ってた」
四蛇が、その不穏な言葉にわずかに怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。
傘音が顔に迷いを浮かべてから、小さな声で「少しだけ分かるわ」と言った。
「でも、今日の話を聞いていたら、なんだか話が変わってきたぞ、という気持ちになった」
「そうね」
「しかし誰が考え付いたんだか知らんが、とんでもねえな」
鼓童が気分を切り替えるように言った。蒼羽隊と憑き物の仕組みのことを言っているらしい。
「正直、ヨア様とリア様のことは何も知らなかったから、まさか、という気持ちでもないんだけどね」
傘音がこぼす。
「私、蒼羽隊はどこかで攫ってきた子供か、捨てられた子供か何かだと思ってたの。こんな話だったとは、想像もしてなかった」
句朗も、傘音と同じ気持ちだった。話が想像していたよりも大きすぎて、今は自分や他の蒼羽隊の人のことしか考えられない。他にも考えるべきことがいろいろあるはずで、何か言うべきなのだろうが、気持ちの整理が追いつかない。
「憑き物とノウマが、気の毒だ」
史紋が静かに言い、みな口をつぐんだ。ここへ来るまでは憎むべき敵として捉えていた存在だが、憑き物もノウマも、捻じ曲げられた意思によって人々を襲っていたのだ。
顔付きの憑き物である佐治が、元々人間だったという話は、確かに衝撃的だった。
「朧と夜味を殺されて、簡単にそんなこと言えるのかよ」
誰もが思い出し、そして口にしなかったことを、鼓童はたやすく言った。
「それが悲しいから、だから、憑き物とノウマが可哀そうなんだ」
史紋の言葉に、鼓童は反論しなかった。史紋は佐治の方をみて「すまない」と謝った。
佐治が小さく唸り、「いいんだ、とさ」と四蛇が訳した。
「……私たちが憑き物じゃなくて、蒼羽隊になったのは、ただ運が良かっただけよ。私が、蒼羽隊を殺す立場になっていたかもしれない。こんなことは止めさせないと行けない」
傘音が言葉を選びながら言う。史紋が小さく頷き、鼓童は興味なさそうに伸びをした。
難しい顔をして俯いていた入が、急に立ち上がると佐治に抱きついた。その勢いで、佐治の身体がぐらりと傾き、慌てて机に手をつく。
「傷つく話をして、ごめん」
入は佐治のお腹に顔を埋めるようにしている。入の子供のような振る舞いを見て、句朗は少し意外な気持ちになった。
佐治の手は宙をさまよい、聞き取れない言葉で、助けを求めるように何かを言った。その様子を見ながら、乞除が愉快そうに笑う。
「こんな佐治は初めて見たわい」




