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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第八章 四蛇と句朗
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8-5

 この人が、ヘビの仲間だろうか。

 句朗の木偶が浮かび上がると、小窓の中に入ろうとして鉄格子に引っかかり、かちゃかちゃと大きな音を立てたので、句朗の心臓が跳ねる。慌てて木偶をポケットに押し戻す。


「君たち、あいつの友達か?」


 手の目の男は、どこか嬉しそうな口調でそう尋ねた。


「あなたは誰なんです」

 句朗が尋ねる。


「俺は、古井の親みたいなもんだ。あいつを探しにここへ忍び込んだんだが、失敗しちまって」


 手のひらについた目が、問いかけるように、わずかに見開かれる。


「君たちが、ここのことを教えてくれた子たちか?」


 句朗と入は視線を交わし、二人でこっくり頷いた。


「なら話は早い。ここから出してくれ。ヘビの仲間だと言えば分かるだろう。急いだほうが良さそうだ。俺から情報を引き出してから記憶を消すつもりだったようだが、用事があるのか、そのまま放っておかれたんだ。運が良かった。たぶん、廊下を戻って階段を下りた先の広い部屋に、鍵がある。いろいろ調べていた時に見かけたんだ」


「その、階段下の部屋で、僕らの友達が、死んでいるんです」


 両手の瞳が細められ、口元に緊張が走る。二人の顔を交互に見て、冗談ではないと伝わったようだ。


「……それは想定外だ」


 句朗は一瞬、目の前の男を疑ったが、閉じ込められていてはハルバに危害を加えることはできないだろう。

 それに、食堂に隠れていた時に聞いた音や、窓から侵入する際に見かけた女性の後ろ姿、それにハルバから聞いたヨアによる『茶を飲むな』という妙な忠告から、犯人はリアか名法師ではないかと疑い始めていた。


 その場に入を残し、句朗は鍵を探しに階段の下へ向かったが、すぐに引き返すことになった。


「ハルバの死体が消えてる」


 句朗の言葉の奇妙さに、入は怯えた顔をした。きっと自分も、同じ顔をしているのだろう。


「ハルバの死体が消えてる」


 自分でも何を言っているのか分からなくなって、二度、同じ台詞を口にした。


 句朗は手の目の男に宥められ、もう一度階段を降りて鍵を探した。鍵は案外すぐに見つかった。この地下室自体、誰かが入ることを想定していなかったのだろう。


 小部屋の鍵を開けると、手の目の男はすぐに階段の下へ向かった。ハルバが倒れていた場所にしゃがみ、手のひらをいろんなところに向け、注意深く観察する。そこには、まだ乾いていない血が広がっている。手の目は指先で血に触れると、匂いを嗅いだ。


「血だ」


 彼は自分に確認するように呟くと、顔と手のひらをこちらへ向けた。


「魚冥不という呪師が、この屋敷にいるんだ。そいつは、幻を見せる呪術を使うらしい。君たちが見たのは、幻覚かもしれない」


「でも、血が。血が残ってる」


 さっきの光景が幻覚だとは、信じられない句朗がそう言った。


「私たち三人とも呪術にかかっていて、この血も、幻覚ということはある?」


 入の言葉には、そうであってほしいという願望が見えた。

 手の目の男はしばらく考えていたが「呪術には詳しくないんだ」と悔しそうに言った。


「さっきのハルバは、少し様子が違ったようにも見えた。身体が大きいような気がした」


 句朗は、先ほどの様子を思い浮かべながら、胸に引っかかっていた違和感を口にした。


「カシャンボは、ある年齢になると一気に成長するんだ。ちょうどその時だったのかも」


 入はそう説明したあと、「でも、別人だったという可能性も、あるかも」と、そうではないと知っていながら、そうであってほしいというように、言葉を付け足した。


「魚冥不という人は、いったい誰なんです?」

 句朗が尋ねる。


「その辺は話が長くなるんだ。あとで四蛇にでも……じゃなくて、ヘビにでも聞いてくれ」


 男は思い出したかのように、早口で話し始める。


「早く出た方がいいんだろうが、今伝えるべきことを手短に説明しよう。俺がここへ侵入したときには、古井はいなかった。初めから、ここにはいなかったのかもしれない」


 男は部屋の隅の扉を指さした。壁に馴染んでいたので、今まで気づかなかった。


「あの扉はイクチの巣穴と言って、いや、これも説明している暇はないんだが、とにかく巨大な地下道に繋がっている。もし古井が本部から出ていないのであれば、そこから庵霊院へ運ばれた可能性はある」


「庵霊院に?」

 句朗は問い返したが、それに対する詳しい返答はなかった。


 手の目の男は、両手を肩のあたりまで上げ、先頭で階段を上り始めた。ついてくるよう合図をする。

 手の目の男は、黒い扉に近寄るとそれに耳をつけ、向こうの様子を窺う。口に指をあて、静かにするよう示した。

 句朗が、この男の名前を尋ねる機会がなかったなと思っていると、男が囁いた。


「そうだ、名前は」


「句朗です」


「入」


「俺は元春だ。潮元春」


 男は少しだけ口角を上げた。すぐ近くで男の微笑を見た句朗は、思わずどきりとする。


 手の目の男はゆっくり扉を開け、片手を差し入れる。誰もいないことを確認できたのか、扉を開けて外に出る。

 誰にも会わずに句朗らが入ってきた窓まで戻ると、入、句朗、潮の順で外へでた。尻を潮が押し上げてくれたので、入ってきたときよりも、簡単に出ることができた。


 三人は無事に屋敷を出ると、男を見送るため、マルバの宮が見える通りまで出てきた。手の目の男は助けてくれたことについて礼を言うと、街の方へ歩き出した。


 手のひらと背中をこちらに向け、歩いていく。後ろを向いているのにこっちを見ている。ちぐはぐだと句朗は思う。


 潮と別れ、あとは部屋に戻るだけとなると、少しだけ気が緩むのと同時に、ハルバの死についての動揺と悲しみが押し寄せてきた。悪い夢だったらよかったのに、と思う。息が苦しい。


「部屋に戻ろう」と、入の顔を見ると、彼女も同じことを考えていたのか、随分と顔色が悪い。


「句朗……怖いよ」

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