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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第八章 四蛇と句朗
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8-4

「移動しようか」


 小さな声で入が言った。二人は、景色に溶け込むよう身体を小さくして、壁に張り付きながらハルバを待っていた。

 ハルバとの約束の時間は、とうに過ぎている。彼の身に、何かあったのだろうか。それとも、眠ってしまったのだろうか。


 句朗は小さく頷くと、入に従って壁沿いに移動し始めた。背を屈め、わずかな異変でもすぐに気づけるよう神経を集中しながら進む。屋敷の外周は思ったよりも広い。


 ふと、入が立ち止まった。先の方で、窓が開くような音がしたのだ。身体を動かさないまま、視線だけでそちらを伺うと、何者かが、窓から出てくるところだった。

 句朗は自分の心臓の音を聞きながら、ゆっくり時間をかけて地面に伏せた。足音から察するに、人影は急いだ様子で、どこかへまっすぐに歩いているようだ。こちらへ近づいてくるように思えて、冷や汗がふき出してくる。

 何者かの足音は二人から少し離れたところを通り過ぎ、離れて行った。顔を上げて後ろ姿を見ると、女性のように見えた。

 入が、その人物が出てきた窓を指さす。そこから中に入れそうだ。


 窓は少し高い位置にあり、入るのに苦労したが、協力して何とか中に入り込んだ。

 中は真っ暗だったが、目が慣れてくると食堂のような場所だと分かった。食堂の出口に近づくと、またしても物音を耳が捉えた。ばたばたと何かを叩くような音が聞こえる。二人は万が一食堂の扉が開いても見つからないよう、物陰に隠れ、身体を寄せ合った。


 しばらくすると、何かを引きずるような音が聞こえた。何者かが食堂にゆっくり近づいてくる。扉の前を通る時、獣のような荒い息遣いが聞こえた。音が止んだ後も、二人はしばらく隠れたままでいた。扉の下からは、わずかな明かりが見える。廊下かどこかの明かりがついているのだろう。何者かがまた戻ってくる可能性がある。


 二人は随分長い間、じっとしていた。たまに句朗のお腹がぐうと鳴り、入につつかれた。

 廊下の外を誰かが一度だけ通り、その時にすすり泣きのような声が聞こえた。扉の下から見える明かりが消えると、それきり、物音はしなくなった。


 二人はやっと物陰から這い出して、食堂から廊下に出た。

 忍び足で階段を探し、地下へ降りると、前に侵入した時のことを思い出しながら、黒い扉があった部屋へ向かった。幸い、誰にも会わずにたどり着くことができた。


「待って」


 黒い扉を開けようとした句朗を制し、入が呟いた。扉の取っ手に、何かがついている。


「血、みたいだ」


 顔を近づけてよく見ると、たしかに血のようにも見える。薄暗くて気づかなかったが、床にも同じような汚れがついていた。汚れを視線で辿ると、自分たちが来た方へずっと続いている。


「うわ」


 入が自分の指をぬぐう。


「やっぱり血だ。まだ乾いてない」


 二人は躊躇したが、黒い扉の取っ手を掴み、回した。ヘビの予想通り、鍵はかかっていなかった。

 扉をそっと開けると、向こうは真っ暗だった。こちらの部屋から差し込む明かりを頼りに目を凝らすと、正面は廊下のようだ。右手に階段があり、下へ降りられるようだ。人の気配はない。

 廊下の明かりをつけ、中に入って扉を閉める。血の跡は廊下を辿り、階段の方へ続いている。上から覗き込んだが、踊り場までしか見えなかった。


 二人は迷った末、まず階段を降りた。階段の下は広い部屋になっているようだが、暗くてよく見えない。警戒しながら明かりをつけると、床に広がる赤と青が目に飛び込んできた。


「ひっ」


 入が息を吸い込み、その場にへたり込む。


 句朗は、這いつくばるようにして、それに顔を近づけた。


「ハルバ!」


 それは血みどろのハルバだった。


 ものすごい血の量と、彼の鮮やかな青髪によって、まるで作り物のように思える。しかし、間違いなく現実のことだ。むっと血の匂いがする。何度も刺されたのだろうか、服もずたずたに切り裂かれている。


「ハルバ」


 致命傷であることは、一目瞭然だ。句朗は頭が真っ白になり、ハルバの身体に近づけた手を、どうすることもできないまま彷徨わせた。胸が詰まり、何も言えない。


 ハルバのために、何かできることはないかと思ったが、何も思いつかない。句朗は言葉を失ったまま、視線が張り付いたかのように、彼を見つめる。自分の鼓動がうるさい。ハルバの死を脳が認識するほど、眩暈と耳鳴りが強くなってくる。


 そこで句朗は初めて部屋を見回した。用途は分からないが、部屋の中央にはベッドがあり、部屋の周りには棚が並んでいる。今更ながら、人影はなさそうだ。


 入を振り返ると、彼女は白い顔で立ち尽くしている。まん丸の瞳は、瞬きを忘れたかのように、見開かれている。


「まだ……」


 囁くように言うと、ハルバの上あたりをゆっくり指さした。


 魂が見えるのだろうか。まだ死んではいないということか。

 しかし、もしまだ生きているのだとしても、血の量と傷の具合を見るに、まもなく息絶えることは明白だった。ハルバの瞳は宙を見つめ、既に見えていないようだ。

 句朗は、そっと手を伸ばし、ハルバの目を閉じてやった。


 入の手がぶるぶる震えているのを見て、句朗は彼女の腕を取ると、踊り場まで連れて行った。


「大丈夫?」


「あれは、殺人だよ。人が、人を殺してる」


 任務中に憑き物に殺された死体とは、わけが違うということだ。震える入の肩を強く引き寄せると、何度か擦った。


「ここに留まるわけにはいかない」


 句朗の言葉に、入は頷いた。


 階段を上がり、廊下を黒い扉とは反対方向へ進む。突き当りまで行くと、廊下は左に曲がっていた。その先にはいくつかの扉が見えた。

 扉には、格子のはまった視線の高さの小窓と、小さなものを差し入れることができる腰の高さの小窓がついている。まるで、牢屋の扉みたいだ。


 入と句朗はぴったり身体を寄せ合って、ひとつずつ小窓を覗いて回った。

 しかし、誰もいない部屋が続く。


 一番奥の部屋を覗き込むと、後ろを向いた人影が見え、入がぎゅっと句朗の腕を掴んだ。彼女は勇敢にも、小さな声で「古井?」と尋ねた。


 暗がりの人物が、手のひらをぱっとこちらに向ける。手のひらの真ん中が濡れているような気がしてぎくりとするが、よく見ると、そこには目が一つ、ついている。手の目だ。古井じゃない。


 彼は身体をこちらに向けると、両手を小窓の前に持ってきて、二人の顔をじっと見た。


「今、古井と言ったか」

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