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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第七章 六鹿と四蛇
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7-19

「妙丸の里の生き物から、何かしらの経緯でばれたのかもしれない」


 乞除には、手短に事情を説明し、すぐに妙丸の里を去った。人間同士の争いを妙丸の里に持ち込むわけにはいかないと、まず考えたのだ。幸い、去る者には興味がないのか、行く手を阻まれるようなことはなかった。


「しかし、どこへ逃げる」


 とりあえず瓜呪族の村の方へ走りながら、四蛇が大声で問いかけた。たまに後ろを振り返ると、茶々もしっかりついてきているようだ。


「イクチの巣穴へ戻るしかない」


 どの方向へ逃げるにも、憑き物の危険性がある。イクチの巣穴へ入り、蕪呪族の村へ戻るしか、逃げ道はないと判断した。

 ザムザや瓜呪族の村は決して広くはないため、身を隠してやりすごすのは、現実的ではない。エノキの家に置いてきた荷物を残していくのは、惜しい気持ちだが、仕方ないだろう。マツとマイに直接礼を言えなかったことが悔やまれる。

 二人と一匹は荷物を背負いながら、全速力で巣穴への入口へ向かった。


 少し先を走っていた四蛇が急に止まり、引き返すように手で示しながら、戻ってきた。必死の形相だ。


「スムヨアたちだ!イクチの巣穴から来やがった!」


 四蛇の後ろに、二人の女性が見えた。こちらへ向かってきている。二人は今来た道を取って返すように走りながら、テントや重たい荷物をその場に捨て置いた。


「どこへ逃げる!」


「どこでもいい!」


 茶々とはぐれないことを祈りながら、二人は全速力で走る。このまままっすぐ走ると瓜呪族の村へ戻ってしまうので、それを避けるように方向転換したが、どこへ行けば助かるのか、分からない。又旅は必死で考える。


 どうする。

 瓜呪族のみんなに助けを求めるか、森で撒いて、イクチの巣穴へ戻るか。もしくは、話し合う余地があるだろうか。スムヨアはわしを殺すだろうか。

 そして、スムヨアがわしを殺そうとしたら、わしはあの子を傷つけることができるだろうか。




 その頃、乞除は朝食を取っていた。やっと静かになった家の中は好ましかったが、又旅らに聞かされた話のせいで、まだ少し、日常に戻るには落ち着かない気持ちだった。喧々が椅子の足のまわりをぐるぐる回っている。

 佐治は、お気に入りの場所である部屋の隅にじっとしていたが、ぽつりと声を発して、家を出て行った。


「お人よしで、お節介だって言うんじゃ」

 乞除は呆れて呟いた。




 かっと、肩が熱くなる。


 又旅が後ろを向くと、すぐそばにスムヨアがいた。手には刃物。それから吊り上がった目と目が合う。

 どうしてこんな近くに?という疑問が頭によぎるのと同時に、切りつけられた肩が痛み、足がもつれて転んだ。地面を転がり、上も下も分からなくなる。


 地面に這うような形で、又旅はやっと顔を上げる。

 スムヨアは、又旅が捨て置いたテントに座っていた。テントを乗り物にして、ここまで追ってきたのだ。

 名曳の人形の術だということはすぐに分かった。あいつも近くにいるのか?又旅は視線だけを動かして、辺りを見た。


「又旅!」


 先に走っていた四蛇が戻ってきたようだ。


「近づいたら、この女を殺すわよ」


 ヘドリアを名乗る女が、刃物を又旅の顔に近づけた。狂気じみた顔をしているスムヨアと比べて、ヘドリアを名乗る女の方には多少余裕がありそうだ。彼女になら、話が通じるかもしれない。


「魚冥不か?」


 又旅が尋ねたが、ヘドリアを名乗る女はそれに答えず、脇の方を見て「止まりなさい」と鋭く言った。


 木の上から、今にも飛び掛かろうとしていた茶々が、動きを止める。


「ちょっと待て。話し合うことはできないか?わしらは、お前たちに危害を加えるつもりはない」


 女が口を開きかけたが、その前にスムヨアが叫ぶ。


「うるさいうるさい。今すぐ殺す。殺す」


 スムヨアの表情には、幼い頃の面影が少しも残っていない。又旅は恐怖より悲しみが先行し、「スムヨア」と呼び掛けた。スムヨアの耳には届いていない様子で、彼女は刃物を振り上げた。


「待った、待った!」


 四蛇が大声を上げ、スムヨアの注意をわずかに反らせた。その直後、背後から忍び寄っていた佐治が、スムヨアの刃物をいとも簡単に取り上げた。


 スムヨアとヘドリアを名乗る女は、突然現れた憑き物にひどく混乱した様子だった。その隙に又旅は急いで立ち上がり、距離を取る。


「こいつらを、攻撃しなさい」


 スムヨアは何が何だか分からないまま、又旅の方を指しながら佐治に命令したが、佐治はそれを無視してスムヨアの方へ腕を伸ばした。

 スムヨアは、どうやら佐治が敵であるということは認識したようで、もう一本刃物を取り出すと、佐治に飛び掛かった。刃物は佐治の胸に突き刺さったが、佐治は平気そうだ。

 佐治がスムヨアの身体をどんと突き飛ばすと、スムヨアは傍にいたヘドリアを名乗る女を巻き込むようにして、尻もちをついた。


「ヘドリア!」


 スムヨアが、悲痛な叫びをあげてヘドリアを名乗る女に駆け寄る。


「怪我はない?」


 スムヨアが優しく、ヘドリアを名乗る女を気遣う。

 佐治のことも、又旅たちのことも忘れたかのような様子に、又旅は戸惑う。この奇妙な光景は、いったいどういうことだ?スムヨアは、この女がヘドリアに見えるよう、蜃の術をかけられているのだろうか。

 しかし、もしそうだとしても、違和感は残る。スムヨアはヘドリアのことを見下して、嫌悪していたはずだ。


 今はそれどころではない。又旅は疑念を頭から振り払った。


「ああお」


 佐治がこちらに何かを言った。逃げろと言っているようだ。四蛇が又旅の腕を引く。

 又旅は佐治にお礼を言おうとしたが、それよりも先に、別の言葉が口をついた。


「殺すな」


 二人は走り続け、森を抜けて平原に出た。あまりにも見渡しの良い平原だったため、そこへ飛び出していくのは憚られた。森から出ずに、その際を辿るように走る。ザムザには近くなるが、佐治が上手く時間を稼いでくれれば、もしかしたらこのまま撒けるかもしれない。


 ふと、視界に影が差し、辺りが暗くなった。

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