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HUE ~だいだらぼっちが転んだ日~  作者: 宇白 もちこ
第七章 六鹿と四蛇
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7-16

 しばらく待つと「はい」と返事があった。誰も迎えに出ないため、「乞除はいるかね」とワロが問いかけた。


「ああ、入って」


 家の中から、また返事が聞こえた。「失礼する」と声をかけてから、ワロが扉を開ける。

 又旅、四蛇、茶々もその後に続き、森の中の視線から逃れるように、ぞろぞろと家の中へ入った。


「ああ」


 乞除はまず又旅の顔を見て、驚きの表情を浮かべた。それから、ワロと茶々を見て、目を細めた。


「ああ……」


「お久しぶりです、乞除」


「生きとったか、みんな」


 乞除は木の机を前に、椅子に座っていた。何か繕い物をしていたのを、机に戻す。


 乞除は白髪の老人だった。女性だろうか、男性だろうか。四蛇には分からなかったが、言及しないでおいた。又旅の話によると、乞除も七人呪師の継承には興味がないらしく、争いごとや面倒が大嫌いで、自由であることをこよなく愛しているらしい。

 住処として妙丸の里を選んだのは、自分のことを知っている生き物がいないからだろうと、又旅は推測していた。


 部屋の中を見回した四蛇は、庇うように、素早く又旅の腕を掴んで引いた。部屋の隅に、憑き物がいたのだ。


「彼は私の友人だ」


 乞除は安心させるように手を上げた。


佐治(サジ)というんだ」


 四蛇はそっと又旅を掴んでいた手を離す。


 佐治と呼ばれたその憑き物は、窮屈そうに部屋の隅に収まっている。顔付きだ。

 おおむね人間と似た作りになっているようだが、骸骨に似た、仮面のような顔が恐ろしい。身体は全体的に黒く、胴の部分は金属の管が人間の骨のような形を作っており、隙間が空いていて、そこから向こう側が見える。両肩に、大きな顔を模した装飾がある。関節や皮膚には不思議な模様が形成され、何重にも重なっているように見える。

 その憑き物は、部屋の中央を見つめたまま、微動だにしない。


「乞除、憑き物に蜃の術がかかっていると、知っているんですね」


 又旅は鞄を机の上にどんと上げ、その口をがばりと開けた。喧々が頭を出し、すぐに引っ込めた。鞄の中でもぞもぞと身体を動かす。見知らぬ場所と人に怯え、興奮している様子だ。

 乞除はほっほと愉快そうに笑うと、説明しようとする又旅を「分かっておる」と制し、喧々に手をかざした。


 喧々はしばらくじっと動かなかったが、やがて鞄から出てきて、興味深いといった様子で、みなの顔を覗き込んだ。又旅が撫でてやると、嬉しそうにくるくる回った。


「お前、もしかして、アノアか?」


 乞除は瞳にわずかな悲しみを浮かべ、そう尋ねた。


「ええ、ええ。そうなんです。娘は死に、わしを継承しました。今は又旅と名乗っています。紹介させてください」


 又旅は半身引いて、連れを紹介しようとした。


「まず、ワロさん」


「ああ、ワロさん。もちろん覚えておる」


 乞除は懐かしそうな顔をして、ワロを眺めた。


「今はここに暮らしているのか?」


「そうじゃ。二兎山あたりにいたワロドンの生き残りは、みんなこの里へ連れて来たんじゃ」


 妙丸の里のことはよく知っているのか、乞除は何度か頷いた。


「こいつは四蛇です。わしの友人で、ラドメアとも顔見知りです。経緯は省きますが、九頭竜国の人間で、兄を探して旅をしています」


 乞除は四蛇を見たが、まるで興味がない様子だった。


「あれ、茶々は……」


 次に紹介しようとした茶々が見当たらないので、又旅と四蛇は部屋を見回す。


「ここじゃ。茶々のことも、覚えておる」


 いつのまにか、乞除の膝の上にいたようだ。


「こんなところまで来てもらってなんだが、わしは歓迎する気はないぞ。もちろん、ここを離れる気もない」


 乞除はこちらの話を聞く前に、言い切った。又旅はその態度を予想していたのか、すぐに「分かっています」と言った。


「憑き物とノウマ、庵或留、スムヨア、名曳、魚冥不、それから蒼羽隊について、何でも構いません。何か知っていることがあれば、教えてください」


「……蒼羽隊とはなんだ」


 蒼羽隊を知らないとは、と四蛇は驚く。人里離れたこの場所で隠居していると、そんな話さえも届かないのだ。

 又旅は、蒼羽隊について、又旅の仮説や四蛇の兄である五馬のことを交えながら、説明した。乞除は顔をしかめながらそれを聞くと、「くだらんのう」と言った。四蛇は思わず眉を顰める。


「とにかく、庵或留を放っておくことはできません。でも、まだわしらにも見えてこないところが多いんです。蒼羽隊のこともよく分からないし、名曳とスムヨアがどういう状態なのかも分からない。とにかく、名曳を助けないと」


 乞除は、又旅の話が聞こえていないかのように、茶をすすった。

 客人に茶を出すべきだとやっと気づいたのか、戸棚から器を取り出して、のんびりとした動作で並べ始めた。


「庵或留は、やめろと言ってやめる人間ではありません」


「そうだろうな」


 乞除が答え、又旅の隣でワロが深く頷いた。木彫りの器に茶をそそぐと、乞除はずいっと押しやるようにそれを勧めた。


「わしに言えることがあるとすれば、ほっとけという言葉くらいじゃな」


「ばか」


 又旅は投げやりにそう言って、お茶に口をつけた。眉間にしわをよせ、「なんと、健康に良さそうな味」と言う。四蛇も自分の器に手を伸ばし、茶をすすった。強い苦味がまず初めにきたが、後味に懐かしいような香ばしい香りを感じた。

 乞除は又旅の悪口に、腹を立てる様子はなく、懐かしそうに又旅の顔を眺める。


「憑き物とノウマってのは、佐治から話を聞いていたが、興味がなくてなあ。庵或留、魚冥不、あと誰だと言った?ああ、スムヨアと名曳。みんな、わしが村を出た時から会ってないな。もちろん連絡も取っておらん。そうそう、魚冥不は、この場所では英雄のように扱う生き物もいるから、あんまり悪く言わんことじゃ」


「英雄?どういうこと?」

 四蛇が尋ねる。


「魚冥不は何百年もの間、妙丸の里を人間たちから守っていたんだ。親切心や正義感で動く奴じゃないから、何かしら目論見があったんだとは思うが」

 又旅が説明する。


「ありゃ、人間に嫌がらせをするのが楽しいから、暇つぶしでやってるんだと思っていたがの」


 乞除の言葉に、又旅が頷いた。


「わしもそう思います」


 妙丸の里には、恐ろしいような馬鹿馬鹿しいような、大げさな伝承が数多く残っている。九頭竜国に住んでいた四蛇でも、聞いたことがあった。世にも奇妙な化け物に追いかけられるとか、いくら歩いても森から出られなくなるとか、真っ暗闇の世界に連れて行かれるとか……。

 又旅たちの話によると、どうやらそれは、魚冥不の幻覚によるものだったようだ。


 又旅が、話し忘れたことはないかと四蛇とワロに確認しながら、これまでの旅で分かったことを隈なく乞除に聞かせた。しかし、乞除の表情は眠たそうに変わっていく。


 乞除の反応が思わしくないので、又旅がまた茶を啜り、顔をしかめる。なんとなく、部屋の中に沈黙が下りた。


 四蛇はさりげなく佐治という名の憑き物を観察する。見るだけで、背中にぴりぴりと緊張が走る。

 喧々にはやっと慣れたものの、顔付きにはまた違った迫力がある。人を殺すことが生々しく連想できるからかもしれない。


「わし、新しい情報があるんじゃが」

 ワロが、沈黙を破った。

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